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労働あ・ら・かると

人材ビジネス いろはかるた 2016

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 毎年同様の書き出しとなりますが、被災後5度目の冬の中、徐々に復興が進んだとはいえ、未だ故郷に帰還できない大震災・原発事故被災者の方々、福島にて被爆の危険の中黙々と廃炉作業等に従事している方々、戦乱や困窮の中にある世界中の人びとに思いを寄せながら、新年のご挨拶を申し上げます。
 一昨昨年一昨年昨年に続き4回目となりますが、今年も「人材ビジネスいろはかるた2016」を続けたいと思います。

な 習わぬ経は読めぬ
 ふだんから習っていないことは、やれと言われても出来ないということ。
 人材ビジネスにおいて、労働者派遣事業では派遣元責任者を派遣労働者数100人以下で1人選任、これを超えて100人ごとに1人ずつ選任すると定められており、所定の講習を受けた方がこの派遣元責任者として、派遣スタッフに対して派遣労働者であることや就業条件の明示や助言指導、苦情処理、教育訓練の実施やキャリアコンサルティング、派遣先への通知や連絡調整、安全衛生事項の調整、派遣元管理台帳の作成保存、個人情報管理などを行うことになっています。
 一方、職業紹介事業の職業紹介責任者では、派遣のように扱う人材の数ではなく、職業紹介に従事する人の数50人に1人選任することになっており、実際に職業紹介に従事するコンサルタントに対する教育は必ずしも明確に義務付けられたものがある訳ではなく、職業紹介責任者任せになってしまっています。
 職業安定法をはじめとする労働法の基礎知識が無いかもしれない人材紹介担当者(最大50人)が職業紹介を行う場面すべてに、職業紹介責任者1人が関与管理できているのかというと、心寒い思いがします。すべての職業紹介従事者に対しての、一律の教育研修の義務化の必要性を感じます。 The sutra which is not learned cannot be read.

ら 楽は苦の種、苦は楽の種/楽あれば苦あり 
 今の苦労は後の楽に繋がるのだから、将来のために苦労も耐え忍ぶべきだが、楽さに油断していると苦境が待っているという教え。
 右肩上がりの時代は、新入生時代に苦労しても年功序列労務管理により、やがて昇進したり年収が増加することが期待できたので、「苦は楽の種」と自分に言い聞かせ、雇用の確保と引きかえで「どんな場所にも転勤します。どんな仕事も一所懸命やります。」というメンバーシップ型雇用に安住していた方が、いざ転職せざるを得ない時に「貴方は何ができますか?」と聞かれて答えに窮する場面が思い浮かびます。
 今の時代は「自己投資や自分の客観評価を忘れると、今在籍している会社に居続けようが、転職しようが、それぞれの場面で苦労しますよ。」とでも解釈したほうが良いかもしれません。
 He that will have the pleasure must endure the pain.

む 無理が通れば道理が引っこむ
 道理に反することがまかり通る世の中なら、道理にかなった正義は行われなくなるということ。
 いくら道理(正しい)を主張しても聞き入れられない場合は、引っ込んでいるほうが身の安全だということだという、解釈もあるそうです。
 まあしかし昨年は、ドイツ自動車メーカーが排ガス規制を逃れるために不正ソフトウェアを搭載した事件、監査機能が働かずトップ以下の何年にもわたる不正会計が明るみに出た日本の大手電機メーカー、マンション建設工事において杭施工不具合が発覚し、データの転用・改変があったと公表された建材製造施工業界と、道理が引っ込んでしまった例の枚挙にいとまが無いことが哀しいです。結局一般市民や、不正と無縁でもその問題企業に働く労働者が被害を被る年越しになってしまいました。 Where might is master, justice is servant.

う 氏より育ち
 人間を形成するときに大事なのは、家柄よりも教育や環境であるという時に使う。
 日本国憲法第14条に「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」と謳われ、職業安定法第3条に「何人も、人種、国籍、信条、性別、社会的身分、門地、従前の職業、労働組合の組合員であること等を理由として、職業紹介、職業指導等について、差別的取扱を受けることがない。」とされているにもかかわらず、採用選考の場面で本人の能力・適性と関係のない家族のことを質問したり出身地を聞いたりする事例がまだ無くなってはいません。選考対象人材がどのような勉強をし、どのような職務経験があるのか、どのような能力を発揮できそうかについて適切に質問するような、公正採用選考の実現が更に進む今年でありますように。
 It is breeding and not birth that makes a man./Nurture is above nature.

ゐ 医者の不養生
 口で人に言っていることと、自分の行いが食い違っていること。命や体を大切にするようお説教し、健康の大事さを説く医者が、案外自分自身の健康には注意せず病気になったりすること。
 しかし高裁判決から10年ちょっとしか経過していませんが、研修医が通常勤務を終えた直後にそのまま宿直勤務に入り、一睡も出来ないまま翌朝も通常勤務に就業するという連続38時間勤務に月6回も従事し、土日でも病院に出勤し、週114時間勤務ということもあったという環境の中で突然死してしまったと報道された研修医過労死事件の記録を見ると、「医者の不養生」などとはとても言えません。
 大事な息子さんを亡くされた社会保険労務士の父上の心情いかばかりかと想い、しかしこの判決を受けた再発防止のための教訓化が充分とはとても思えず、勤務医に関する労働法上の諸問題の指摘が解決され、雇用主の医療機関が労働法上の責務を果たして、医療事故防止につながることを切に願います。  Doctors often neglect their own health.

の 喉元過ぎれば熱さを忘れる
 熱いものを口にし、涙を流す思いをしても、飲みこんでしまえばその熱さを忘れてしまうこと。転じて、苦しい経験も、過ぎ去ってしまえばその苦しさを忘れてしまうこと。また、苦しいときに助けてもらっても、楽になってしまえばその恩義を忘れてしまうことにも使う。
 過去に大きな贈収賄事件を起こした企業の経営者が、時代の経過とともに企業としての記憶や教訓を忘れ、同様の行為を再度しそうに見えることもないわけではなく、そんなときこの言葉が脳裏に浮かびます。 Vows made in storms are forgotten in calms.

お 鬼に金棒
 強いものが更に良い条件を得て一段と強くなること。
 人材紹介の世界に居て、様々な方の履歴書、職務経歴書を拝見すると、その資格の取得の仕方が「鬼に金棒」だと思える人材に出会うことがあります。
 マスコミ報道などに目を通していると、医療裁判で医師と弁護士双方の資格を持った方が法廷に立ったり、物理学科で情報処理を専攻して卒業した後に医学部に進んで医師の資格も取り、現在は「医療情報学」を教えていますという教授、大型二種運転免許に加えて、自動車整備士、更に電気工事士の資格も取ってハイブリッド時代に備える人材など、「労働市場におけるバーゲニングパワー」があるとつくづく思います。 It’s a double advantage.

く 臭いものに蓋
 悪事や醜聞、問題のある事柄などを、根本的な解決をはからず、一時しのぎの手段で他人に知られないようにすること。
 人材紹介業の業界団体である人材協の会員の「行動基準」のひとつに「<過誤への対応> 自らの過誤を認めた場合は、速やかに事実を正確に把握して、関係者に適正な対応をすると共に再発防止の措置を講じなければならない。」という項目があります。
 自分の、自社の過ちを直視することは痛みを伴うこともあって、そう簡単なことではなく、ついつい「臭いものに蓋」をしてやり過ごしたい感情が湧き出てしまうのかもしれませんが、再発防止の観点で事故などを教訓化することを積み重ねていくことが、その企業の、その業界の、進歩につながると思います。 You can’t just sweep your problems under the carpet

や 安物買いの銭失い/安かろう悪かろう
 安いものを買って得したように思っても、 品が悪く何度も買いかえることになり、結局損をしてしまうこと。
 景気の悪い局面で「経費節約」をし過ぎて、将来への投資をせずに景気好転時に業績を伸ばすことが出来ない企業の例もありますが、「労働は商品ではない」ものの、人件費をを絞り過ぎて最低限の賃金しか払わない求人票では、企業に貢献し、生産性を上げる有能人材の応募は期待できませんね。

ま 蒔かぬ種は生えぬ
 投資をしなければ成果を得ることはできない。また働かなければ利益も得られるはずがないということ。
 筆者はずっと「はたらく」ということの傍らに居る仕事をしてきました。「楽して稼ぎたい」という心情は、気持ちとして理解するものの、やはり「額に汗せず手にするお金」は、「あぶく銭」ではないかと思うことも多く、「自分に投資して知見を得る」ことなくして、良い仕事ができるようにはならないと、これからの時代を担う人材の方々に申し上げたいのです。
 Harvest follows seedtime./You cannot make an omelet without breaking eggs.

                                                   以上
(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)