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労働あ・ら・かると

今月のテーマ(2014年01月)人材ビジネス いろはかるた 2014

2014(平成26)年のお正月です。被災後3度目の冬の中、未だ故郷に帰還できず、復興の先行きの見えない大震災と原発事故被災者の方々、福島にて被爆の危険の中黙々と廃炉作業等に従事している方々、戦乱や困窮の中にある世界中の人びとに思いを寄せながら、新年のご挨拶を申し上げます。

昨年1月「人材ビジネスいろはかるた」と題して寄稿いたしましたところ、思わぬ反響をいただきましたので、「続きは、後日のお楽しみと言うことで」と申し上げた手前もあり、今年も「人材ビジネスいろはかるた2014」として続けたいと思います。

ち ちりも積もれば山となる
『大智度論・九四』大品般若経(摩訶般若波羅蜜経)の注釈書を出展とし、「塵」を「どうでもよいもの」や「ごみ」と解するのは誤りで、「小さな事をおろそかにしてはならない」という戒めを言うそうです。職業紹介ビジネスにおいては「年収1000万円以上の大物スカウト」ばかりを狙って「ホームラン狙いの三振王」になってしまう人材コンサルタントへの戒めの言葉にも聞こえますし、人材の方に対しても、「瞬間的高額待遇」の求人に惑わされず、コツコツと好きなことをやり続けて、その結果納得できる職業人生を過ごせる職場探しの大切さを言っているようにも聞こえます。
 Light gains make heavy purses.

り 綸言(りんげん)汗のごとし
元来は皇帝が一旦発した言葉(=綸言) は、取り消したり訂正することができないという意味で、転じて、責任を持つ人が一旦発した言葉は、出てしまった汗を体に戻すことができないように戻すことが出来ないのだから慎重に、と軽率な発言を戒める意味。

2012年3月の「労働 あ・ら・かると」にても触れましたが、人材サービスの要職の方が、東日本震災後間もない時に、新聞の見出しをつまみ食いしたような「東京電力の人には現場力がないのはけしからん。JRでからくも乗客を誘導した乗務員は現場力がある」というスピーチをされ、働く人材をこきおろす言葉にとても違和感を覚えたことを今でもよく記憶しています。

昨年末頃には、いろいろな政治家の方が随分辻褄の合わない発言と訂正を繰り返す場面を見聞きしましたが、皇帝や君主でなくても、責任ある方々がご発言される時にはこの言葉を脳裏に刻んでおいて欲しいものです。同時に「人の振り見て我が振り直せ」とも自分に言い聞かせるお正月でもあります。

ぬ 濡れ手で粟
私が人材協で担当しております仕事は、主に利用者(求人企業や求職者)の方々からのご指摘を承ることと、再発防止策を該当事業者に助言し、講習内容等に反映させて業界の向上を図ることを目的としていますが、職業紹介事業者の方からの事業相談や、これから職業紹介業を始めようとする方からのご相談もお受けしています。

開業のご相談にお見えになる方の中に、まま見受けられるのですが、ご自分の人脈豊富であることを自慢され、「今迄、タダで就職の世話を随分してきた。ちょっと口を利くだけでよくて1件100万近くの手数料をもらえるそうじゃないか。こんなオイシイ話はない。ただし無許可ではいけないそうなので、厚生労働大臣許可を取りたい。」と、おっしゃる方がいらっしゃいます。そんな時いつも私は「人材紹介業は、そんな濡れ手に粟の(=骨を折らずに何の苦労もしないで利益を得られる)ビジネスではありません。」「胸を張って適正な利益を上げることには、なんの問題もないと思いますが、ボロ儲けできるものではありません。」と、申し上げます。

先日も、厚生労働省の労働政策審議会の部会の場で、人材ビジネス業界を「他人の労働に介入して利益を得る(けしからん)業界」と受けとれる発言が、委員の方から出されてとても残念に思ったのですが、前述のような発想の参入希望者がいる現実を見ると、そのような人材ビジネスについての認識から一歩も出ない頑な方々の偏見を解き、理解を得るには、まだまだ時間と労力が必要だと思いました。

る 類は友を呼ぶ
求人(人材)需要にマッチした「優秀な人材」探しにしのぎを削るスカウト業界ですが、「量」を求めてWeb技術を駆使しても、砂金探しのごとくなかなか求人要件に合致した人材に巡り合わないとの声もよく聞きます。納得できる転職を果たした人材のところには、「どうやってあんな良い職場を探したのか?」という質問をする友人知人がいるものです。ガラパゴス的手法と思われがちですが、職業紹介やスカウトによって首尾よく転職した人材から紹介を受けた人材は、同じような教育や職務経歴を持った方が多いもの。「類は友を呼ぶ登録者」は、マッチング~紹介成功率が高くなるのも、当然の帰結と言えるでしょう。
 Birds of a feather flock together.

を 老いては子に従え
元々は女性に対して「幼少時は父兄に、結婚したら夫に、夫の死後は子に従う」という三従の教えの最後の段階。

「村の渡しの船頭さん」は「今年60のお爺さん。」だった70年ほど前から、世の中は随分変わり、「70歳まで働く時代」がもうすぐ傍まで到来しているように思います。しかし、「生涯現役」「わしゃぁまだまだ大丈夫」の精神には敬意を表するものの、「老いては子に従え」の言葉を忘れた、若い世代の言葉に耳を貸さない頑固高齢者が闊歩してしまうと、老害につながってしまいます。

開き直って「老いても子は従え」などと言わず、「騏驎も老いては駑馬に劣る」「昔千里も今一里」の言葉も忘れずに、「老いたる馬は道を忘れず」と思われるよう、過去の栄光に酔うことなく蓄積した知見を活かした存在でありたい、あって欲しいと、思います。

わ 笑う門には福来たる
民間人材ビジネスの扱う求人と、ハローワーク等の公的機関の扱う求人の大きな違いのひとつに、求人企業についての情報量の差があると思います。何年か前ですが、民間人材ビジネス利用者の方々にヒアリングをする機会を得た際に伺った言葉「ハローワークから受取った求人情報は、A4の求人票1枚だけで、質問にも担当者の方は『まずは応募して直接求人企業に聞きなさい』としか言われませんでした。民間人材紹介会社のコンサルタントの方は、過去にその会社にご紹介した人材の定着の様子や、会社の雰囲気などを十分に伝えてくれて、安心して面接に臨むことができました。」は、忘れることができません。求人企業の職場に笑顔が溢れていて、その雰囲気が応募者に伝われば、その企業にとって良い人材が確保でき、企業業績に貢献して「福」をもたらしてくれるのではないでしょうか。

か 片稼ぎより共稼ぎ
「内閣府の男女共同参画白書 平成24年版」や「総務省統計局 労働力調査(基本集計)」によれば、「雇用者の共働き世帯(=共稼ぎ)」と「男性雇用者と無業の妻から成る世帯(=片稼ぎ)」の数は、昭和の時代は圧倒的に片稼ぎ世帯数が多く(例:1980/昭和55年の共働き世帯比率=35.5%)、平成3年~8年にかけてもみ合ったあと平成9年以降は、共稼ぎ世帯数のほうが多数派となっています。(例:2012/平成24年の共働き世帯比率=57.0%)

昭和の時代の「共稼ぎ」という言葉には、「亭主の稼ぎが悪い」という侮蔑的なニュアンスがなかったとは言い切れないと思いますし、今の時代の「片稼ぎ」という言葉には、「男女共同参画が進んでいない」というニュアンスを感じてしまうのは、私だけでしょうか?

以前、職場結婚をしてお二人で同じ会社で働いていらっしゃる人材(夫婦)の転職相談に応じた時、「二人同じ会社だと、会社がもし傾いた時に二人とも失業するリスクがある。世帯収入を二人で稼いでいると、片方がある程度のリスクを取って転職する挑戦ができる。そこを理解して、どちらか一人しか転職しないけれど、それぞれの転職先候補を挙げて欲しい。」と言われ、時代の変化をつくづく感じたことを思い出します。

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。) 

【岸 健二 一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長】