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今月のテーマ(2013年5月 その2)障害者雇用の動きに寄せて

障害書雇用の動きが急速に進んでいる。安倍内閣は、障害者雇用促進法の改正案を閣議決定し、今国会の成立を図っている。その内容は、従来採用の範囲に加えられていなかったうつ病や統合失調症などの精神障害も加える、というものである。この法案が成立すれば、2018年から さらに障害者雇用の間口が広がることになる。厚生労働省の数値によれば、2012年度にハローワークを通じて就職した障害者は6万8321人となった。2010年度以来、3年続けての最高値を記録している。

ここで障害者雇用の歴史をひも解いてみよう。1960年、わが国で最初の「身体障害 者雇用促進法」が制定された。当時は、あたかも合理性かつ機能性を最大限に追求する場所が国、自治体および企業の職場であるかのように語られていた時代、 障害者はその場に参入することすらできなかった。労働組合もまた、自らの職場にあえて障害者を雇うことに力を注いだという形跡はない。1975年、国連が 障害者の権利宣言を発表し、高らかに人間の普遍的権利の前に何らの不平等は存在しないことを謳いあげた。これを受けて1976年、法改正が行われ、障害者 の雇用が企業の義務とされたが、努力義務だけの建前の法律であった。1981年に国連による国際障害者年の提唱とその実施が世界各国で行われ、わが国も強 い示唆を受けて障害者福祉が発達した。1987年には法改正が行われ、名称が「障害者の雇用の促進等に関する法律」となり知的障害者も適用対象となった。 1997年には企業の知的障害者の雇用も義務規定となり、2005年に身体障害者、知的障害者の福祉と地位向上を目的とした通称・障害者自立支援法が成立 したが、関係団体やマスコミ等から不備であるとの批判を浴びた。政府はこれを受けて2006年からは精神障害者もその対象とし、障害者自立支援法から「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律」(通称・障害者総合支援法)と名称が変更となった。

好調な障害者雇用促進の動きには、いくつかの要因が考えられる。まず雇用主の雇用義 務制度の厳格化である。身体障害者、知的障害者への雇用義務は、本年3月までは民間企業1.8%、国、地方公共団体、特殊法人等には2.1%、都道府県の 教育委員会には2.0%であった。これを4月からそれぞれ2.1%、2.3%、2.2%へと引き上げた。次に納付金制度である。常用労働者200人超の場 合、障害者雇用未達成の事業主には不足1人当たり月額5万円の障害者雇用納付金の徴収となった。逆に雇用率達成の事業主には超過1人につき月額2万 7000円の支給が定められた。また200人未満の企業には、達成している事業主に報奨金制度を設けている。そのほか、障害者の業務遂行上、配慮が必要 な場合に作業施設設置助成金、介助等助成金が支給される仕組みとなっている。

このように障害者雇用は増加しているが障害者の総数は増え続け、2000年には 253万人であったものが2010年には343万人に増加している。また法定雇用率達成企業の割合は、まだ47%に過ぎない(2010年現在)。述べるま でもないが、障害者雇用は社会保障給付の削減、就労による税・社会保険の増収を招くばかりでなく、生活の安定と社会の安定を促す。さらに、賃金と資本、資 本家と労働者という、19世紀の紋切り型の資本主義型社会観を変える重要な意味を含む。障害者雇用促進のこの傾向を、政府の人気取り、という皮相的見方か らのみ見るのではなく、われわれの未来社会の方向性を、ここから汲み取らなければならない。

【日本大学法学部教授矢野聡】