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労働あ・ら・かると

今月のテーマ(2013年2月)2013年版経営労働政策委員会報告について

デフレ脱却、景気回復を旗印に掲げる安倍新政権の下で春季労使交渉が行われる。日本経団連は1月21日に標記報告書を発表し、経営側の基本的な考え方を示した。

報告書の副題は「活力ある未来に向けて労使一体となって危機に立ち向かう」となっている。経営環境が厳しさを増 す中で、長期間にわたる政治の混迷、長引く不況や閉そく感の下で労使・国民は耐えてきた。副題は今後も危機的状況は続くが、活力ある未来に向けて、労使で 国の課題、労使間の課題を建設的で、実りある議論を積極的に行い、我が国が活力ある、持続的に成長可能な国になるよう努力していきたいとの強い気持ちを込 めてつけたとしている。報告書は1章~3章の構成となっている。

第1章は「一段と厳しさを増す国内事業活動と現状打開への道」とし、マクロの視点に立って経済・経営を分析し、今後の経営環境の改善等についての提言を行っている。

経営の厳しさについては、「世界経済の減速や日中関係の悪化など先行きの不透明感が一層高まること、東日本の大震災からの復旧・復興の加速化」を求めている。

さらに、「本格化的な産業の空洞化として、国内生産の廃止、設備の海外投資の増加のみならず、今や研究開発、間 接部門も含めてすべてのバリュ―チェーンの海外進行が続き、地方経済、中小企業のみならず製造業、非製造業などへの影響も大きく、日本経済や雇用に深刻な 影響を与えている」。また、「今後は貿易収支の大幅な悪化が懸念されている」としている。

我が国が抱えているこれらの問題点についての見方は、労使、国民ともに共有している危機感であろう。国、労使がこのような問題にどのように対応するのかが日本再生のかぎであるとともに日本が世界の中で評価されるか否かの分かれ道になる。

報告書では国内の事業環境の早期改善として次の6点を強く求めている。「①円高の是正②経済連携の推進③法人の税負担の軽減④一層の社会保障制度改革⑤エネルギー・環境政策の転換⑥労働規制の見直し」、といったいわゆる6重苦の改善である。

また「経済が活性化し、雇用を推進していくためには民間企業が新たな需要を掘り起こしていくことが重要」としている。

グローバル競争が強まる中で企業は大変厳しい事業環境にあり、世界と戦える環境条件にして欲しいとの意見が出るのは当然で、多くの国民も理解しているであろう。

国の政策対応も重要であるが、企業の戦略間違えで厳しい雇用環境に陥っている企業もある。企業の力が及ばない国 の事業環境の整備は少し改善の動きにあるが、世界の対応から見ればスピード感に欠けるため、早急なる改善がもとめられる。企業も経営環境の変化を的確にと らえて、変化に柔軟に対応しないと働く人や社会に悪影響を与えるため誤りなき対応が強く求められる。

政府は財政出動で景気回復の足がかりをつかみたいとしているが、「これ以上の財政悪化はリスクが大きいため、企業の事業環境の整備を行うことによって競争力を強め、民主導で持続的経済成長を行うことが基本」との報告書の考え方はその通りであろう。

今後は、政府の事業環境整備、国内投資への促進、雇用増、安心な将来生活、労働条件の向上、個人消費の活発化、需要の増加のサイクルに乗せることへの対応が望ましく、持続的成長で継続的に雇用増を生み出すことを早急に実現することが重要である。

第2章は「競争に打ち勝ち、成長を続けるための人材戦略」について述べている。

ここでは、「グローバル事業の展開にあたっては、これまでの成功モデルに過度にとらわれることなく、自社の強み を活かしながら、不断に「変革」に取り組むことにより持続的な成長の実現を目指すことが望まれる」としている。そのためには「組織とそれを動かすリーダー が重要」、「組織変革の担い手は人で、とりわけ中核人材(将来の企業経営を中心に担っていくことが期待されている人材)の育成は企業の命運を左右する最重 要課題である」としている。それらの点を踏まえて、「採用」、「若手従業員の育成」、「ミドルマネジャーの活躍促進」「次世代経営幹部の育成」などの基本 的考えが述べられている。

ミドルマネジャーについては「実務的な業務を軽減し部下指導・育成に取り組めるように組織的に支援するとか、グ ローバルに活躍するミドルマネジャーの育成については、コミュニケーション能力、異文化適用能力、英語力が求められている」。不足している能力としては 「英語力、英語以外の語学力、財務・会計に関する知識・スキル」が指摘されている。

次世代経営幹部の育成については、「重要性がたかまってきたとの認識の下で、多くは40歳前後に選抜を行い、多 くの人材を組織的にプールし、必要に応じて入れ替えも行う。育成において特に重要になるのが人材配置で、特に戦略的人材配置を行い、いろんな経験をさせる ことや著名な経営者の話を聞いて高度なディスカッションを体験させることが大切」としている。さらに多様な人材の活用として、能力を発揮するためのワーク ライフ・バランスの推進や女性、高齢従業員、障害者雇用の促進が盛り込まれている。今後とも多様な人材の有効活用は経営にとって大変重要で労使で知恵を出 し合っていくことが望まれる。

この章は企業、従業員にとって大変重要な点であるが、全体が実務書的で、各企業で実施されていることをかいつま んで紹介しているようで、メリハリのない記述になっているように感じられる。もう少しポイントと方向性を明確にして簡潔に記述した方が、ページも圧縮で き、しまった報告書になったのではないだろうか。

第3章は「今次労使交渉・協議に対する経営側の基本姿勢」である。報告書では「厳しい事業環境の中で企業競争に勝ち残っていくためには労使が日頃から情報・意見交換を行うことで危機感を正しく共有し、山積する課題解決に懸命に取りことが必要」としている。

また、「賃金と密接に関連している総額人件費については厳しい経営環境下で総額人件費の原資である付加価値が著 しく減少し、適正な人件費管理の重要性が一層高まった」としている。しかも、昨年に続き「付加価値の源泉が海外市場中心になりつつあり、その一部は海外事 業やそこで働く従業員の努力に報いていくことも必要で、その利益の増加を国内企業に還元することには限界がある」としている。

人件費については、事業規模30人以上の企業で1人雇うことによって企業が支払う1カ月平均所定内給与 267,832円(100)に対して総額人件費は444,415円(165.9)と約1.66倍で、年間の平均総額人件費は5.332,980円と世界の トップクラスにある。人件費の増加要因として、「労使でコントロールできない健康保険、厚生年金保険などの法定福利費がある。企業の公的負担はすでに限界 に来ており、抜本的な給付効率化策を打ち出す必要がある」としている。

人件費と賃金制度との絡みで問題になっているのが定期昇給の見直しである。経営側は今まで、厳しい経営環境が続く中で賃金のベーアップは論外であるが、定期昇給も見直す必要があるとしてきたが、現在でも実施している企業が少なくない。

この点について今回の報告書では人件費面と処遇制度と昇給のあり方につて触れている。「現行の賃金制度のもとで は多くの企業では労務構成が高まり、前提条件が同じであれば、定期昇給の実施で賃金総額や総額人件費は増加する。今回の改正高齢化法の実施でも、人事・賃 金等処遇制度の見直しをしないと賃金・人件費増の要因になる」との趣旨が記述されている。この問題については「65歳までの雇用確保を前提に賃金カーブ全 体を見直すなど、いろんな対応の仕方があるため、自社の実態を踏まえながらモチベーションの維持につながる方策を考えていく必要がある」としている。

注目されている賃金をはじめとする労働条件については、「経営側の基本的スタンスは、個別企業労使が自社の経営 実態を踏まえて協議し、総額人件費を適正に管理する視点に立って自社の支払い能力に即して決定していくという原則を徹底すること、厳しい経営状況が続く 中、賃金交渉においてはベースアップを実施する余地はなく、賃金カーブの維持、あるいは定期昇給の実施の取り扱いが主要な論点になる」。「現在は定期昇給 が定着した時代と全く異なり、円高の影響や競争激化などにより、深刻かつ危機的な経営状況にある企業においては定期昇給の実施時期の延期や凍結について協 議せざるを得ない場合もある。昇給自体を否定するものではないが、経営環境が大きく変化している今日、誰もが勤続年数や年齢で一律に毎年自動的に昇給する 仕組みの昇給制度は、将来的視点に立って労使で議論し、合理的かつ従業員の納得性のあるものへと見直していく必要がある」。また「短期的かつ一時的な企業 業績の変動があった場合には賞与・一時金に反映させることを一層徹底していく必要がある」としている。これら経営側の基本的考え方は、従来から主張してき た内容の延長線上にある。グローバル経営の進展、多様な人材の活用、65歳までの雇用の確保等経営環境が大きく変わる中で人事・賃金制度(含む昇給制度) は将来的視点に立ち、発揮能力、職務・職責、役割・貢献度等をベースにした合理的で従業員の誰もが納得できるものに抜本的に見直していく時代を迎えてお り、早急なる対応が望まれる。

本報告書の最後に「さまざまな労使コミュニケーションを通じて課題解決に取り組んでいく日本の労使関係はかけが いのない財産である。労使が互いに尊重し経済社会の持続的繁栄に向けてひたむきに努力していくことが求められている」と結んでいる。労使の立場を乗り越え て国の将来の発展を見据えた議論と対応を期待したい。

【MMC総研代表小柳勝二郎】