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労働あ・ら・かると

今月のテーマ(2012年09月)高齢者雇用は、多彩で多様な選択肢があっていい

<改正高齢者雇用安定法が成立>
60歳定年後も希望者全員を65歳まで雇用することを企業に義務付ける改正高齢者雇用安定法が去る8月29日成立した。2013年4月から厚生年金(報酬比例部分)の受給開始年齢が段階的に引き上げられることに伴う措置で、定年後、年金も受給できず、働いて賃金を得ることもできない無収入層を防ぐのが狙いだ。

この改正高齢者雇用安定法が成立したことを受け、様々な反響が飛び交っている。今日の経済・経営環境は最悪であり、しかも経済のグローバル化が一層進展し、事業の海外移転などで雇用環境は厳しさを増す一方だ。いまは、中高齢者層を対象にリストラをどう進めるかに頭を悩ましている最中にある。まして高齢者層の受け皿づくりなど考えられないし、あるとしても高齢者向けの職場は限られるというもの。

仮に雇用延長の希望者が増えれば、一方で新卒者などの若手や、将来計画の担い手になる中堅クラスの中途採用も抑制せざるを得ない。当然のこととして、在籍社員の給与や賞与の大幅カットなど人件費を削減するしかないという声。

どうやら、高齢者の65歳までの雇用確保が義務付けられれば、若い世代へのシワ寄せとなって跳ね返ってくる。この結果、経営の活力は削がれ、企業の明日が描けないなど悪評が飛び交う。果たして、それらの声だけで高齢者の雇用問題を片付けていいものか。高齢者雇用では、複眼の視点から問題提起や企業側、働く側の姿勢をも、考慮に入れた多彩、多様な選択肢を準備し、ある一方だけにシワ寄せが来るといったことは避けたいものだ。

いまサラリーマンが加入する厚生年金(報酬比例部分)は、60歳から受け取れるが、2013年度からは、男性の場合、61歳からとなり、以後、3年ごとに1歳ずつ上がって、2025年度には、65歳からの支給開始となる。女性は5年遅れとなる。

高齢者の雇用に関しては、現在、一部で65歳への定年延長措置が実施されているが、まだごく一部である。その大半は、定年後の再雇用や勤務延長・継続雇用措置で、1年ごとの契約更新だ。しかも、再雇用する高齢者も労使協定で選別できる仕組みだが、今回の法改正では、この選別できる仕組みが廃止となる。ただ、政府筋では、今後、勤務態度や健康状態が著しく悪い場合は、雇用延長の対象外にできる指針を作るとするが、その全貌は不透明だ。

<企業の負担増への反発、働きに見合う賃金設計を>
今回の法改正で、選別規定が廃止され、希望者全員が60歳定年後、少なくとも65歳までは働きつづけられるようになる。が、仕事は厳しいものだ。法改正に頼って、65歳までの雇用は大丈夫だ(=賃金収入は大丈夫だ)などと安易に構える定年高齢者はいないだろう。定年後も温情にすがって同一の会社で雇用されるだろうと考えていると、大きな間違いとなる。

企業側も、高齢者をお荷物と考えると、賃金などの面で負担増ばかりが前面にでてくるが、ここは、働きに応じた処遇で乗り切ることで、負担増への不満を解消する姿勢が必要だ。高齢者は経験豊富、知識も技能も備えているはずだ。高齢者も働きで受け取る賃金の2倍も3倍も、仕事の面で企業に貢献するくらいの覚悟が求められる。

今回の法改正では、厚生年金の受給開始年齢と仕事を失い無収入になる期間をなくすことに力点が置かれているが、政府筋の姿勢は、定年後の高齢者を希望者全員、65歳まで企業に義務付けることだけに目がいっているようだ。ここに間違いがある。企業側だけに負担を負わせるのではなく、高齢者のまさに多様な働き方の現場に立てば、定年後の高齢者雇用の具体化に当たっては、多彩で多様な雇用の場づくりの視点がなにより大事ではなかろうか。

改正法では、年金の支給開始年齢に合わせて、2013年4月には61歳まで働けるようにし、3年後ごとに1歳ずつ引き上げ、2025年4月以降は、65歳までの雇用を義務づけようというものである。この措置を守らず、厚生労働大臣の勧告に従わない場合、企業名を公開するという。

すでに触れたように、企業側の姿勢は、定年後の高齢者で、希望する者全員の雇用を確約することには、「負担が重過ぎる」とし、「4割強の企業で現役社員の処遇を引き下げざるを得ない」(経団連調査)といった反発がある。

一方、働く側の立場でみると、継続して働けることで、年金受給が切れることなく、年金受給と連続することで、生活の安定が図られ、落ち着いて仕事に取り組めるなどのメリットがある。ここで注目したいのは、企業側の論理である負担が重過ぎるという点だ。働きに応じた賃金制度になっていれば、何ら問題は起きないはずだ。重過ぎるということは、高齢者の働きに相当しない高い賃金を支払っていることにつながるのではなかろうか。

賃金水準は、若者も、中堅社員も高齢社員も、まして定年後の高齢者も、賃金収入以上の価値を仕事を通じて稼ぎ出し、企業に貢献していれば、負担が重過ぎるという声がでてくるのが、不思議だ。定年後の高齢者も、慣れた仕事、職場で、働ける喜びを実感し、賃金収入以上の価値を生む努力を積み重ねることが当然求められる。

重複するが、定年後の高齢者に求めたいのは、ただ、法改正のお蔭で、自動的に、これまでどおりの会社、あるいは子会社、グループ会社で働けることに満足するのではなく、働ける意義を見出し、会社に貢献する姿勢がなければ、存在する価値がない。その覚悟が強く求められる。

<高齢者が働く多様な場の可能性>
同時に、いまの高齢者は、働くことに意欲的だ。しかも65歳過ぎても、あるいは70歳まで、健康であれば70歳を過ぎ、何歳までも働きたいという層が圧倒的に多い。であれば、元の会社、子会社、グループ会社への転籍もいいが、それぞれが40年以上にわたる社会人として人生経験も、知識も、あるいは失敗の経験も、さらに人脈も広いはずだ。それらを活かして、中都市や周辺市町村、あるいは田園でも多様な働き方があるはずだ。その発見なり、仕事をつくり出す努力が不足しているだけなのではなかろうか。

数人でチームを組み、住まいのある地元で、人材不足に悩む中小企業に多彩な智恵を貸し、技術を伝え、よきコミュニケーションづくりに役立つべく乗り出すのも一考あるべきだろう。子育て支援へ手助けする、買い物難民(それは大都市でも地方都市でもある)へ、どう手助けをするか。コンビニの働き手は、若者や学生などが主力だが、高齢者の知恵・アドバイスもまた貴重な財産であるはず。

いろんな学校へ出掛け、社会人人生の悲喜こもごもを語る、家族や友人の大切さを教える、いじめの現場発見へ目を光らす、時に学び、時に教え、共に考えるなどの行動は、定年後の高齢者の特権ではなかろうか。

定年後の高齢者に期待をよせる現場には、環境や介護、子育て、教育、観光、農林業(果樹園など含む)などがある。一歩、いや半歩でもいい。アンテナを張り巡らせ、情報をキャッチし、新たな仕事にチャレンジすることこそ、苦難の道、過労死も厭わず働いてきた今どきの高齢者に相応しい態度ではなかろうか。では、何があるのか。それは人それぞれの関心度にもよるが、以下のような場が準備されているのだ。しかも自分で選択できる喜びもそこにある。

若手の育成に手を貸す、経営アドバイザー、家庭教師、パソコン指導、翻訳・通訳、苦情処理対応、経理や労務問題への対応、施設管理、(早朝型、深夜型の)清掃、家事サービス、広報・企画会社の設立、多彩なコンサルタント、資格を生かす、趣味(囲碁・将棋・麻雀・マジックなど)教室、習字教室、そばうち、観光ガイド、作家、画家、劇団員、楽器演奏、多彩なNPOの設立、社会人大学(こうねん大学、いきがい大学など)の受講、時には専門を活かして講師を努めるなど、探す、生み出すことで、これまでの会社(子会社、グループ会社など)にしがみつくだけでなく、60歳、65歳からのハローワークは、若者の選択肢以上に、多彩、多様な出番、居場所があるはずだ。

何も65歳までの雇用義務化に労使とも騒がず、若者にシワ寄せするのではなく、若者を育て、高齢者も生きがいを持って多様な働き方を示すことで、国難の一つである増大する医療費の削減に貢献できれば、何をかいわんやである。

同時に、多彩なボランティアに参加してほしい。そこには相手方から感謝の声が跳ね返ってくる。会社勤めでは味わえなかった人生の喜びがあることを学んでほしい。

【飯田康夫労働ジャーナリスト日本労働ペンクラブ前代表】