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労働あ・ら・かると

今月のテーマ(2012年07月)成功した起業家が陥る‘ブラック企業’への道

先月、数人の若いビジネスマンのキャリア相談に応じました。

私自身は、具体的な転職のお世話をする人材紹介の現場から離れ、業界団体の事務局の仕事をするようになって10年以上経つのですが、人脈や友人知人の縁で「今の仕事をこのまま続けていていいのだろうか?」と自問自答する人材からの相談依頼が、まだ稀にではあるけれどこのように舞い込んできます。

今年は、なぜか相談に応じた方々が皆「自分が勤めた企業はブラック企業なのではないか?」という疑問を抱いてのご相談でした。

「ブラック企業」という言葉は、ここ数年新卒の就職活動の中で聞かれるようになったと思いますが、まだその定義が確たるものではないように思いますので、今日は「ブラック企業=従業員を酷使していると評される企業。サービス残業や過剰なノルマを強要したり、朝礼や研修などが精神主義的な内容だったりする。」(大辞泉)ということでお話を進めたいと思います。

ご相談者の勤務先はいずれもここ10年20年で起業から急成長し、中には上場を果たした企業もあります。お話に共通するのは、創業者が経営陣として君臨しており、「創業時の起業家精神を忘れるな」と良く口にしているということです。もちろん企業を立ち上げ、発展させていく精神力をはじめとした様々な努力には、本当に心から敬意を表するものですが、困ってしまうのは、「創業時には、小さな賃借事務所に寝泊まりして、家には帰らず頑張ったものだ。(だから君たちもそのように働いて欲しい)」と言い、現実にそのように忠実に「滅私奉公」した急成長期からの社員を重用するので、経営幹部になった急成長期に「苦楽を共にした戦友」達も、同じことを新入社員たちに強要している体質があり、そこに何の疑問も抱かないことです。

もしご相談者の勤務先の経営者の方とお会いできる機会があれば、「雇う側」と「雇われる側」には大きな立場の違い(労働基準法をはじめとするさまざまな労働法の適用の有無)と責任の種類の違い(ハードソフト両方の働く環境を整備する義務責任と、職務を忠実に行う義務責任)があることについてお話できたらなぁと、つくづく思います。

また、人材からのご相談をお受けしていて思うのは、もう一つの「ブラック企業」の特徴として、経営陣に「経営に強大な権限を持つ一方、株主、雇った人びと、その企業の製造物や提供するサービスの利用者、延いては社会全体に対して重い責任も負っている」という根本的な責任の自覚がないということです。そして、責任は他人や組織内の弱者(名ばかり管理職など)に押し付けているという点がどうしても見えてきてしまうのです。

「君は管理職なんだから」という台詞で時間外労働の賃金を支払わないことは、その対象の方が本当に管理職であるかないかによって可否の判断が分かれ、いわゆる「名ばかり管理職」の場合は不可となることは、読者のみなさんご存知のとおりですが、今回のご相談を受けていると、新卒入社後数年しか経っておらず権限も与えていない「名ばかり管理職」に対し、時間外労働のことだけでなく「管理責任」までを押し付けていると思われる事例がありました。

今回ご相談に応じた若い人材の方々の勤務先の経営者は、まるで自分の責任は全くなく、当事者意識は全くなくて責任はすべて「現場管理職」にありとの言動をしたそうで、その管理職の訴えに聞く耳を持たなかったそうです。

しかし、そのような経営をしていれば「良い人材の定着」など望むべくもないですね、とご相談にみえた人材の方に感想を申し上げたのですが、ご本人たちは「それも計算づくで勤務先は経営をしているのではないか。脱落する奴や逆らう奴はいなくていいと思ってマネジメントをしているのではないか。」と皆さんおっしゃるのです。

「会社は社長の器より大きくならない」という台詞を若いころよく聞きましたが、「経営者に倫理観がない企業にはコンプライアンス経営はあり得ない」とも思います。このような企業からの求人を、民間人材会社もハローワークも同じ立場ですが、受け付けるべきなのかどうか、「全件受理の原則」(職業安定法第5条の5)との兼ね合いが難しいところです。

一方、新卒で就職活動をされる学生さんの中には、テレビ広告でよく見かける企業や、企業家精神にあこがれて応募入社される傾向も見て取れるのが事実でもあります。

マスコミによく登場し経営について弁舌さわやかな言辞を弄している経営者が経営している企業に於いて、一方では過労死や個別労働紛争が多発したりしていることもよく指摘されています。このような情報の公開を、どう実現していくかが事態の解決に役立つようには思いますが、皆さんいかがお考えでしょうか?

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)

【岸健二 一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長】