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労働あ・ら・かると

今月のテーマ(2012年06月 その3)便利なことの副作用とこれからの人材サービス

以前にもこの「労働あらかると」で、便利なものが人間の能力を劣化させる可能性を合わせ持っているということを申し上げました。例えば、ワープロ は、人間の漢字能力を劣化させたのではないかというようなことです。人材サービス産業のこれからの役割や動向を考えると、同様な事象が起きるような気がして、それが良いのか悪いのか迷いが生じるところです。なぜかというと、人材サービス産業のビジネスモデルは、人材紹介、労働者派遣、求人情報提供、製造労 働力確保(製造業派遣)など様々ですが、いずれも「人」を雇用する、あるいは管理する手間を集約して提供し、ニーズに応じて便宜を図ることを生業としてい ることです。

「人」を雇ったり指揮命令したり仕事を頼んだりということになれば、雇用主や関係者としての逃れることのできない、様々な責任や手間が発生します。例え ば、人事管理責任や、あるいは自ら雇用しない人たちであっても働く場所の安全衛生管理責任といったことをはじめとする責任です。ところが、最近これらのことを人材サービス事業者に無責任に押しつけ、自らは責任を逃れようとしているのではないかと思える言葉が聞こえてくるのが気になって仕方がないのです。

つまり、ワープロが人材の漢字能力を劣化させたことと同様に、便利な人材サービス業が企業の雇用主などとしての人事管理の責任能 力を劣化させることに手を貸してしまうのではないかという危惧を感じている一方で、まだ全部を読み終えてはいないのですが、最近購入した「日本の雇用終了 ―労働局あっせん事例から」(労働政策研究・研修機構)を読み進んでいくと、誤解を恐れず率直な言い方をすれば、ここに出てくるような事例の中には、こんな雇用主に雇われたりクビになったりするくらいなら、ちゃんとしっかりしたコンプライアンスある人材サービス事業者の管理の下にいた方が人材にとってはよ ほど良いのではないかと思えてしまうのです。

企業や人々の余計な手間をより軽減させ、集約化や専門化をキーワードに効率を上げるようなサービスを提供するのがサービス産業で あると思いますが、一方ですべてを人任せにしてはいけない要素が物事には必ずあるということを、依頼主にどこでどう分かってもらうのか、この説明責任あるいは社会的周知活動を行っていくことが、人材サービス産業にとって今まで以上に大切になるのではないかとも思っています。

もちろん、いわゆる‘派遣切り’のときには、人材サービス事業者の中には、労働基準法の定めも、当時の労働者派遣法の定めも理解 しておらず、派遣先企業から派遣契約を中途解除されたと同時にそこで働いていた、自ら雇っているはずの派遣労働者のクビを切ってしまったという報道があったことは否定できません。人材サービス事業者の立場から言えば、このような不心得な事業者をどう排除し、優良な事業者を育てていくための自主管理、自主研修が今後の大きな課題であると思います。

人材ビジネスの業界は、ここ十数年、大きな規制緩和の中で事業を展開してきました。その結果、日本の社会の活性化に役立ち、多くの方々の職場を開拓し、企業にとってはビジネスに必要な人材の確保に貢献したことを確信していますが、一方で、‘派遣切り’にみられるように安易なビジネス展開によって、被害を受けた労働者が発生してしまったことも事実です。そのすべてが人材ビジネス業者による責任とはいいませんが、無関係とは言えず、忘れてはいけないことだと思います。

この間の10年、15年前の規制緩和は、きわめていびつなおかしな規制を緩和したもので、当然のものだったということができると思います。一方、21世紀の規制緩和というのは、あるべき適正な自主管理とか倫理やコンプライアンスにきちんと裏打ちされたものであるべきだと考えます。

改正労働者派遣法の施行に向けて、様々な作業が進められている時期ではあると思いますが、規制の強化・緩和・見直しの中でもう一 度、そもそも、なぜ労働者供給事業が戦後制定された職業安定法で禁止されてきたのか忘れてはならないし、なぜ一定の枠の中で労働者供給の例外として労働者 派遣の仕組みが生まれてきたのかも、検証しなければならないと思います。

私は、法制定当時の労働者供給事業の禁止が「辞めたいのに辞められない」、「逃げ出したいのに逃げられない」といった、いわゆる 「タコ部屋」的労働の回避、解消を目的に作ったものだとすれば、21世紀に入って起きた「派遣切り騒動」は「辞めたくないのに辞めさせられてしまった」という点で本質的に大きな差があると考えています。さらに言えば、労働者供給事業は労働組合がやれば搾取が発生しない、という発想のもとに何十年も行われてきたというのであれば、そのことそのものにもう一度検証が必要だと思います。

人権を守り、ディーセントな仕事を提供する人材サービス産業が事業を展開するときに、この労働者供給事業の禁止の各条項を見直す時期に来ている気がする一方、冒頭申し上げたとおり、徳性のない事業者がこの事業を行った時の怖さにもきちんと思いを馳せながら、新しい働く仕組みとそれを提供する人材サービス業界を作る必要があると思う今日この頃です。

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)

【岸 健二 一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長】