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労働あ・ら・かると

今月のテーマ(2012年06月 その2)いま改めて問うー労働(人)がまともに扱われているか

昨年3月11日に起きた未曾有とされる東日本大震災後の影響や国際的な金融不安の中、企業の新卒採用のワクは狭まり、厳しい就職戦線となった。その荒波を乗り越え、この春、夢と希望、不安をもって新社会人となった新入社員も、ようやく3か月目を迎えて、新たな職場に配置されるなど、上司や先輩、同僚などと仕事に取り組む段階を迎えている。

新入社員教育をキチンと受け、社会人としての使命、会社の経営方針を学び、働くことの義務とか権利、労組から労働条件のあらましの説明を受け、職場に配属された新入社員は、恵まれた環境にあるといえる。

だが、昨今“雇用の現場が破壊される”様相が広がっている中で、スタート時点から、労働(雇用)契約書の不備や契約を交わすことのないまま働く現実、あるいは就業規則を見たこともないし、もらってもいない。募集・採用の際に提示された労働条件と実際の勤務条件の間に、余りにも差があって、会社に対し不信感を露わにするケースも目立つ。

希望して入社した会社、何とか入社することができた会社で、精一杯働きたい、いい仕事をしたい、成果をあげたい、上司や先輩、同僚らといいコミュニケーションをとりたいと誰もが願っているはず。ところが、職場によっては、余りにも酷すぎる働かせ方、労働基準法無視というより、無知のまま、とかく強い立場の経営側が、弱い立場にある働く側を酷使する、法違反は当たり前の処遇の数々に、長年にわたり労働の現場をウオッチングしてきた者にとって、見過ごすことのできない現実に、警鐘を鳴らさざるを得ない段階を迎えている。

資源の乏しい日本の財産・資産は、人材力にある。経営者の集まりである経団連も、これまで事あるごとに、イノベーション(革新)が必須だ、新たな価値を創造する源は、人材にあると言い続けてきた。今月初めの経団連定時総会でも米倉会長は「いま、日本は生まれ変わるのか、衰退に向うのかの岐路にある。日本の明日を支えるには、人材育成支援が急務だ。経営者も自信を持ち、決断と実行の姿勢で、期待と希望の持てる活力あふれる新しい日本を創りあげたい」と強調した。

この春に発表された2012年度経営労働政策委員会報告(経労委報告)でも「危機を乗り越えるための人材強化策」を取り上げ、人材育成・人材戦略を高らかに歌い上げている。現場力とか人材力こそが企業を支えるというわけだ。

ところが、若者の就職・勤労意欲を削ぐような職場の現実を見聞するにつけ、経営トップの姿勢に疑問符がつく。若者ばかりではない。中堅の働き盛りや高齢者、女性の活用にもまだまだ問題が山積している。

中でも、安易な解雇やリストラ、さらにサービス残業は当たり前が相も変わらず蔓延り、雇用不安と疲れきった労働者の姿がみられる。いま求められるのは、雇用の場の創出と雇用の安定、所得の安定確保、過労死予備軍のない職場づくりである。所得税を払いたくても、まともな働く場がない。社会・労働保険料も負担できないで喘ぐ労働者の存在を無視することができない。

働くことは、崇高なものだ。ILOの宣言に、「労働は商品ではない」という一文がある。破壊された雇用の現場をみると、そこには、働くことが、商品以下のように扱われている姿をみることができる。これでは日本の経済・企業経営の明日はないといっても過言ではない。

いまさら言うまでもないことだが、働くということに対して、労働基準法という存在すら頭にない、その主な内容について知らない、読んでいない、理解もしていない経営層が存在しているのも事実。労働基準法を一読もしたことのない会社の責任者、働く側も労働基準法の説明すら聞いていない、勉強していない現実がある。人を募集・採用し、働いてもらうには、キチンと労働基準法の精神を身につけて、対応するだけの経営姿勢が求められる。働く側も、最低限、労働基準法を一読してほしいものだ。

この春、夢と希望と不安を胸に入社したばかりの新入社員たちだが、連合の「なんでも労働相談ダイヤル」に寄せられた相談には、余りにも理不尽な環境の中で働く現実の声が響いてくる。まさかそのようなことが罷り通っているというのか、いやそれが現実なのだ。

そのいくつかを紹介したい。

☆定時(退勤予定の6時30分)退勤の予定が、深夜まで残業

この4月から広告会社に就職した。ところが、(会社との間で)雇用契約書はなく、3か月間は試用期間ということで、勤務条件(労働時間)は、午前9時30分から午後6時30分までの9時間拘束、実働8時間と言われた。しかし現実は毎日深夜の午前0時近くまで残業している。給与は基本給7万円と残業手当が3万円だけ。(身体がもたないなどの理由で入社後)2か月で辞めることにしたが、2か月目の給料と残業代がもらえるか(不安でいっぱいだ)。

☆試用期間中は、残業代はないという契約書にサイン

入社して2か月間は、試用期間中で、残業代はないという(雇用)契約書にサインした。この間、午後5時にタイムカードに打刻させられ、(その後)午後7時から同11時ころまで残業を強いられている。試用期間が終了した後は、今度は月15時間までの残業代を支払うという内容の書面にサインした。(ただ働きを強いられている)

☆手書きの勤務表では定時退勤だが、その後4~5時間サービス残業

新卒で入社した。手書きの勤務表では定時の退勤となっているが、その後に4~5時間の残業勤務があり、それらはすべてサービス残業となっている。今後、1人で仕事を任される予定だが、さらに長時間労働になる可能性がある。どう対応すればいいのか。

☆日曜日は休みとされているか、強制的に出勤させられる

雇用契約書に書かれている労働条件と実際の労働条件が(余りにも)異なる。例えば毎週日曜日は休みのはずが、実際は強制的に出勤させられている。残業代も月例賃金に含まれているが、それ以上に残業しても残業代は支払ってもらえず、社長に言うと「馬鹿野郎!死ね!」と言われる。(余りにも酷すぎる)

☆試用3か月後、正社員登用の予定が、解雇通告を受ける

4月採用で、3か月の試用期間を経て、正社員になれる予定だったが、「あなたには、この仕事は向いていない」などと言われ、解雇通告を受けた。しかし、解雇では、経歴に傷がつくからと依願退職の書類に押印させられた。試用期間中に残業したが、残業代もついていない。

☆求人の際の給料明示と実態では違いがあり過ぎ、車も工具も負担

求人募集の際の給料は、15~40万円となっていたが、実際は15万円以下である。仕事で使う車も自分で購入し、仕事に必要な工具類も自分で購入している。(こういう現実が許されるのか)

☆入社後、即転勤で、職場で寝泊り、労働契約書はみたこともない

新卒で入社し、寮生活のはずだったが、入社してすぐに転勤を命じられ、いまは職場で寝泊りしている。社長や先輩の言いなり状態の職場で、どう対応すればわからない。労働契約書も就業規則も見たことがない。社会保険にも入っていないし、勤務時間は不規則だ。

以下の2件は、娘、息子の働きに不安な親からの相談である。

☆休日も含め毎日出勤で、給料明細はどうなっているのか分からない

娘は入社後、休日も含め毎日出勤している。給料がどうなっているのか、よくわからない。心身ともに疲れて参っているようで、落ち込んでいる。どう対応すればいいか。

☆業務中に事故を起こした。修理代の全額負担を求められている

息子がピザの宅配中に事故を起こし、修理代の全額を負担するように求められている。全額を負担しなければならないものか。

どのような感想を抱かれたであろうか。

その多くは、堂々たる労働基準法違反である。それを見逃すわけにはいかない。人を募集・採用し、経営を支える人材に育てることが経営の責務であるはずだが、ここにみた相談事例からは、全く経営の責務を感じ取ることはできない。

労働は、崇高なものである。ILOの宣言ばかりではない。いま、デイーセントワーク(働き甲斐のある人間らしい仕事)が発展途上国も含め世界共通語になっている。労働の原点は、人間の尊厳にあるということでもある。

いま改めて問う。「労働(人)がまともに扱われているか」と。

【飯田康夫労働ジャーナリスト日本労働ペンクラブ前代表】