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今月のテーマ(2012年02月 その2)2012年版経営労働政策委員会報告について

日本経団連は1月25日、今年の労使交渉に向けた経営側の基本的な考え方を取りまとめた2012年版「経営労働政策委員会報告」を発表した。

報告書の構成は、第1章は「重大な岐路に立つ日本経済」、第2章「危機を乗り越えるための人材強化策」、第3章「労使交渉・協議に対する経営側の基本姿勢」となっている。現下の経営環境を反映してか報告書の内容は全体的に厳しいトーンで貫かれており、副題の「危機を乗り越え、労使で成長の道を切り拓く」は、危機に直面している経営者の考えを表わしたものといえよう。

この報告書で当面最も関心が高いのは第3章であろうが、1章、2章もこれから労使、国民がともに考え、解決をしていかなければならない重要課題についての方向性を示している。

第3章では「労使パートナーシップ対話の深化」として、今次の労使交渉・協議では「横並びの賃金・賞与の話し合いに終始することなく、逆境を跳ね返しグローバル企業と伍して戦っていくために、人材の育成を含めた競争力の強化策や今後の事業展開について議論を尽くす姿勢が必要」とし、「今後は課題解決型の[労使パートナーシップ対話]を深化させたい」としている。従来の賃金・賞与等に注力した労使交渉の見直しが言われてから久しいが、経営環境が大きく変わり、課題山積の今日、そのような方向性と実践は的を射た指摘といえよう。

「高齢化や社会保険料の増大などで総額人件費の自然増が懸念されており、今後とも適切に総額人件費を管理する必要が一層高まっている」ことや「グローバル経営が進展し、営業利益に占める海外比率は今後とも高まるなかで、国内外との経営・処遇についてどのように対応するかといった問題」も指摘している。そこには、経営の視点と従業員の納得感をどのように両立させるかといった難しい問題を含んでいるが、早急に対応策を考えなければならないであろう。これらの点は国の活力、経営全体の戦略、グローバル市場で働く人たちの労働条件、雇用・処遇にかかわる重要な課題であり、処遇の方向性を明確にしていかなければならない。

さらに「高齢化時代のコストの増大として『社会保険料の増大』『高齢者雇用の増大』に伴う人件費の増加や競争激化に対応するためには、企業も投資額の増大などを考慮しなければならない」としている。この点については、以前から指摘されている点であるが、法定福利費の増加、65歳までの雇用の確保など高コスト化に懸念が広がっている。政府は現行制度を抜本的に見直し、無駄を省き、制度の運用を見直すなどコストの圧縮に力を注ぎ、労使の費用負担増をできる限り抑制する必要がある。

コスト増がらみの問題として、今年の労使交渉で注目されているのが「定期昇給制度」の取り扱いである。マスコミは定期昇給の凍結、遅延等も含めた賃上げがらみの問題を中心に取り上げているが、その見直しは、賃金制度との関連も含めてかねてから問題になっていた。現行の定期昇給制度は、賃金制度、昇給制度の運用、昇給額の水準等と密接の関係があるため、広い視点で抜本的に見直す時期にある。

報告書で指摘されている問題点としては、人件費とのかかわりや、毎年ある一定の時期に全員が対象になっていること、昇給と技能・能力の向上との関連の希薄化などが記述されている。これらの点は以前から指摘され、すでに一部の企業では見直している点でもあり、いまさらという感じがしないでもない。

昇給問題は、これからの賃金制度のあり方や従業員の生活設計、勤労意欲、企業のコスト、組織の活力、企業の競争力等にもかかわる問題である。見直しにあたっては、経営環境の変化等広い視点にたって検討し、時代の変化に合った考え方と内容に切り替えていく必要がある。

賞与制度はすでに、企業業績とそれへの個人等の貢献度で決めるという制度の趣旨に合った決め方が多くの企業に導入されてきている。

今次労使交渉・協議における経営側の賃金についてのスタンスは、次のような内容になっている。

「円高によって産業の空洞化が一層進み、わが国産業の行く末が案じられている状況下で、労働側が昨年に引き続き『1%を目安に賃金を含め適正な分配』を要求しているのは企業の危機的経営環境に対する認識が甘いといわざるを得ない」と反対との意向を明確に示している。

「賃金の決定に当たっては基本給、手当、賞与、福利厚生費も含めた総額人件費を管理する観点から、自社の支払い能力に即して判断することが重要」とし、「恒常的な人件費の増大を招くベースアップの実施は論外で、雇用を優先した真摯の交渉・協議の結果、賃金改善を実施するに至らない企業が大多数を占めると見込まれる」としている。

「震災や円高の影響などによって付加価値の下落が著しく、定期昇給の負担がとりわけ重い企業では、定期昇給の延期・凍結も含め、厳しい交渉を行わざるを得ないであろう」と賃金は自社の支払能力で対応すべきとの基本的考えを明示しつつ、「総額人件費管理の徹底、また経営が厳しい企業にあっては賃金より雇用を優先した対応が望まれる」とした内容になっている。これらの点は最近の厳しい経営環境下で、今までも主張していた点であるが、昨年から今年は特に厳しい経営環境にあるため、ベアは論外で、昇給制度について慎重な対応が望まれるという内容になっている。

第1章では、日本の企業は、円高、高い法人税、電力不足など6重苦といわれる環境の中で競争していかなければならず、今後、企業は成長戦略の下で競争力、収益力の強化を図るとともに、円高の是正、法人税等の引き下げ、諸外国との経済連携の推進等、諸外国と同じような条件で競争出来る環境整備を強く求めている。

第2章は、遅きに失した感のあるグローバル人材の育成・活用について述べている。グローバル人材の育成に向けて基盤整備や多様な人材戦略など大変重要な点が盛り込まれているが、報告書に盛られた内容で諸外国と競争できる人材が育ち、企業が競争力を持ち続けていくことができるかどうかは定かではない。

人材の育成・活用は多くの人に能力を高めるチャンスを与え、能力に応じた仕事を遂行させ、その成果に見合った処遇を行い、持続的にインセンティブを与えるシステムを制度化し、実行し続けることが必要になる。スピードをもって対応する必要がある。

記述の諸課題に労使はどのような内容と方向を打ち出すのか、各側の都合の良い主張の繰り返しではなく、わが国の将来や国民にとってどのような対応が望ましいのかしっかり議論し、その結果について労使は協力して、スピード感をもって実行してもらいたい。

【MMC総研代表小柳勝二郎 】