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安全は“週間”よりも、“習慣”付けたい ~戦時中も欠かさず、99回目の全国安全週間を経営戦略の柱に~

労働評論家・産経新聞元論説委員・日本労働ペンクラブ元代表 飯田 康夫

今年も7月1日から働く人の労働災害防止、安全な職場づくりを掲げ、「全国安全週間」が展開される。数えて今年は99回目。100回が目前だ。今年の安全週間のスローガンは”多様な人材 全員参加 みんなで育てる安全職場“だ。安全週間を前に、この6月1か月間が準備期間とされ、安全運動が展開中である。スローガンどおり、みんなが参加して労働災害の防止、熱中症への対応にしっかり取り組みたい。

全国安全週間は、労働災害を防止するために、産業界での自主的な活動の推進と職場での安全に対する意識を高め、安全を維持する活動の定着を目的としている。安全は、ヒューマンエラーによるケースが目立ち、ヒヤリ・ハットするケースを体験することが多い。そう考えると、安全は、週間というより、働く人一人ひとりが、年間を通じて、しっかり安全を身に付けてこそ災害は防げるわけで、安全週間運動は欠かせないが、“安全習慣”こそ第一に掲げたいものだ。

令和7年度の労災事案 死亡者700人で過去最少に

昨今の労働災害の発生状況をみると、安全運動が浸透することで、長期的には減少しており、死亡災害の減少が目立つが、休業4日以上の死傷災害件数は平成21年以降、増加傾向が継続しているのが気がかりだ。特に、高齢者を中心に転倒や腰痛といった働く人の作業行動に起因する死傷災害が増加し、転落・墜落などによる労働災害が依然後を絶たない状況にある。
ある死亡事故にまきこまれた家族の嘆きに耳を傾けたい。例えば1万人の企業規模の会社社長が被災者の自宅を弔問のため訪れた時の、遺族から発声された声だ。「会社は、1万人の一人に過ぎないでしょうが、わが家は100分の100を失ったのです。この気持ちわかりますか。労働災害ゼロを是非めざしてほしいです」。この重い言葉をかみしめたいものだ。

現実の労働災害の発生状況をみたい。
厚生労働省が公表した令和7年の労働災害発生状況によると、死亡者数は過去最少、休業4日以上の死傷者数は横ばいだ。令和7年(2025年)1~12月までの新型コロナウイルス感染症への罹患によるものを除いた労働災害による死亡者数は700人(前年比46人、6.2%減)と過去最少。休業4日以上の死傷者数は13万5,333人(前年比385人、0.3%減)だ。
過去最少となった死亡者数700人を業種別にみると、件数の多い順に、建設業が214人(前年比18人、7.8%減)、製造業が115人(同27人、19%減)、陸上貨物運送事業が80人(同28人、25.9%減)、商業が61人(同6人、10.9%増)で、商業で1割強増が目立つ。例えば飲食店の厨房で濡れた床で転倒し、死亡したケースがある。商業で死亡事故がないとは言えない現実に注目したい。
死亡事故の型別では、件数の多い順に、「墜落・転落」が186件、(前年比2人、1.1%減)、「交通事故」が126人(同3人、2.4%増)、「はさまれ・巻き込まれ」が117人(同7人、6.4%増)など。
休業4日以上の死傷者数13万5,333人の業種別では、件数の多い順に、製造業が2万6,371人(前年比305人1.1%減)、商業が2万3,128人(同1,089人、4.9%増)、保健衛生業が1万9,291人(同424人、2.2%増)、陸上貨物運送事業が1万5,632人(同660人、4.1%減)など。
事故の型別では、件数の多い順に、「転倒」が3万7,195人(前年比817人2.2%増)、「腰痛等の動作の反動、無理な動作」が2万2,166人(同52人、0.2%減)、「墜落・転落」が2万0864人(同165人、0.8%増)など。

アメリカから安全第一の理念届く そのエピソードを学びたい

労働災害の発生で、死亡者が出たり、休業4日以上の死傷者数がでるなどは、安全軽視の姿が見えてくる。安全第一の重要性を再確認したいものだ。そこで安全第一が打ち出された経緯、そのエピソードなどを学びたい。

安全第一の意味を再確認したいと思う。なぜ、安全が第一となったのかを紐解くと、生産第一とか品質第一、生産能率の向上優先などが、とかく呼びかけられ勝ちだが、それよりも労働の安全化を優先的に考慮し、実行することを第一に据えた考えが安全第一の理念だ。

「安全第一、品質第二、生産第三」といった言葉から出たとされる理念は、1906年(明治39年)のこと。アメリカのU.S.Steel会社では、労働災害が多発し、生産も思わしくなかった、社長のゲーリーは、熱心なクリスチャンであったので、人道的な見地から周囲の反対を押し切って、当時の社是「品質一番、生産第二、安全第三」を変更して、「安全第一、品質第二、生産第三」に改めた。数年ならずして、労働災害は著しく減少、意外にも品質も生産も労せずして向上するという結果となり、このことがアメリカ国内で評判となり、「生産や品質を向上させるのに特別の努力は不要だ。安全第一を職場に徹底すれば、おのずと三者が満足すべき状態になる」、「安全はPayする」といわれるに至ったという。安全第一を掲げてこそ、企業発展の礎であることを証明したものだ。日本では大正6年(1917年)に内田嘉吉、蒲生俊文両氏が「安全第一協会」を設立し、機関紙「安全第一」を発行したのが安全第一運動のはじめとされる。(労働用語辞典参照)

安全週間、昭和3年度にスタート 安全の歴史刻むスローガン

ところで、令和8年度の「全国安全週間」のスローガンは「多様な人材 全員参加 みんなで育てる安全職場」だ。このスローガンの歩みをみると興味深いものがある。
安全週間がはじまったのは、昭和3年度のこと。第一回のスローガンは、「一致協力して怪我や病気を追払いましょう(原文・ひませう)というものだ。それが5年後の昭和8年度には「国の護りぞ 身を守れ」。第二次大戦中も安全週間は展開され、昭和18~19年度当時は「必勝の生産鉄壁の安全」、「決戦一路 安全生産」など戦時色そのものだった。
昭和20年度から35年度までは、戦時中の産業報国運動に対する批判もあり、安全週間から統制色を払拭したいという気持ちの表れから、安全週間のスローガンによる呼びかけを行わず、昭和35年度(第33回安全週間)まで、スローガンなしの週間が続いた。
昨今のスローガンをみると、スローガンが復活した昭和35年度が「作業設備をととのえて、職場の安全をはかろう」というもの。その後、昭和40年度が「設備・環境を改善整備して、無災害の職場をつくろう」、同50年度が「みんなの工夫と努力で、さらに進めよう職場の安全を!」、同60年度が「みんなで考えみんなで築こう 災害ゼロの明るい職場を!」、平成元年度が「決意新たにみんなで築こう 災害ゼロの明るい職場を!」、同10年度が「今一度確認しよう 安全第一つみ取ろう職場にひそむ危険の芽」、同20年度が「トップが率先 みんなが実行 つみ取ろう職場の危険」、同30年度が「新たな視点でみつめる職場 創意と工夫で安全管理、惜しまぬ努力で築くゼロ災職場」、昨令和7年度が「多様な仲間と 築く安全 未来の職場」などだ。時代を反映したスローガンに注目したい。

熱中症対策に十分な対応を 令和7年熱中症死傷者1,803人

6月から7月、8月、9月は高温多湿が日本列島を襲う。それと並行して熱中症による労災死傷者が目立つ。厚労省のデータによると、令和7年の「職場における熱中症による死傷災害の発生状況」は、死亡・休業4日以上の件数は、1,803人で、前年比546人、約43%増と統計開始以来最多となっている。熱中症による死亡者数は19人(前年比12人、39%減)だ。
気象庁によると、令和7年6~8月の平均気温偏差は、+2.36℃で統計開始以来最高を記録、これが熱中症最多を招いた要因とみられる。一方、死亡者数が減少したのは、昨年、事業者に熱中症の恐れがある事業を行うときは、報告体制の整備、手順の作成などの措置を講じることを義務付ける労働安全衛生規則を改正、施行したことによって、事業場における熱中症の重篤化防止対策が進み、死亡事故の防止が図られたためと考えられる。

それでも令和8年も史上最高の高温が想定されており、熱中症対策が強く求められている。それには、①JIS規格に適合した暑さ指数を随時把握、②地域を代表する一般的な暑さ指数(環境省)を参考とすることも有効とされ、測定した暑さ指数に応じて、①暑さ指数の低減、②冷風を含む服装の着用、③作業開始前や休憩時間中に深部体温を下げる、④暑熱順化への対応、⑤日常の健康管理、⑥休憩場所の整備、⑦作業時間の短縮、⑧水分、塩分の摂取、⑨作業中の作業者の健康状態の確認などの徹底が求められる。