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2026春闘へ向け、政労使が早々と意見交換 3年連続5%台の賃上げ実現可か、実質賃金アップこそ大事な視点
労働評論家・産経新聞元論説委員・日本労働ペンクラブ元代表 飯田 康夫
〇2026年春闘・賃上げをめぐって、早々と政労使会談が開かれ、物価高騰の中、ここ2年連続して5%台の賃上げが2026年も5%台を維持し、3年連続して大幅な賃上げが実現できるのかに注目が集まっている。課題は、いくら賃上げが実現しても、物価高騰に追われ、ここ3年連続して実質賃金がマイナス続きでは、その成果も消し飛んでしまい、賃金・物価。経済成長の好循環も回らないでいるのが、実態では、内需拡大も、堅実な経済成長も見通せないでいる状態に変わりはない。
〇高市首相が「物価高騰に負けない5%を超える賃上げを」労使に要請
〇そのような環境の中、女性初の総理に就任した高市早苗首相は、11月25日の午後、首相官邸に労使の首脳を招き、2026春季労使交渉(春闘)をめぐり、11月段階という早い時期に政労使の意見交換の場(「政労使会議」)を設営。高市首相から「物価高騰に負けない5%を超える賃上げを確かなものとして定着させるため協力を心からお願いしたい」と語り、労使トップリーダーに協力を要請をした。
〇そこで、労使双方は、政労使会議の場で、どのような意見表明をしたのかを読み解く。
〇連合の芳野友子会長は、冒頭、「適切なタイミングで、政労使の意見交換の場を設けていただき、感謝したい」と前置きした上で、「政府の『企業が賃上げできる環境を整備し、実質所得を担保する』という考え方は、連合も共通の認識だ。2025春闘では、2年連続で5%台の賃上げを実現したが、中小組合の賃上げは4%台にとどまっている。また、実質賃金が3年連続で、マイナスとなる中、暮らしにゆとりがでてきたと感じる国民は、少数だ。就業者の約9割は、雇用労働者であり、日本経済を成長させるには、賃上げの波が全国に波及し、多くの人が生活向上を実感できる必要がある」と語り、「中央での政労使と、地域における地方政労使会議を今年度も継続し、物価上昇を1%程度上回る賃金上昇をノルムとして定着させ、再びデフレに後戻りすることがないよう全力で取り組み、日本経済を確固たる巡航軌道に乗せたい」と継続した賃上げ実現と日本経済の明日を語った。
〇加えて、「賃上げの環境整備に向けて、2026年1月1日から施行される取適法(取引適正化法)の周知・徹底は大変重要だ。労務費を含む価格転嫁は、いまだ5割程度であり、道半ばの取り組みを徹底するとともに、中小企業が助成金や支援策を経営改善に結びつけられるよう、支援拠点などにおける相談活動の充実にも力をいれる」ことを指摘した。
〇さらに、「3年以上にわたる物価高は、賃上げの効果を相殺している。速やかな物価高対策とともに、2%水準の物価安定を求める。また、『物価高対応の重点支援地方交付金』は、地方公共団体において賃上げ環境の整備に資する形で活用されているかを検証し、すべての地域における積極的な利用を促してほしい」と注文を付けた。
〇また「春闘で高水準の回答が引き出されている一方で、医療・介護。障がい福祉・保育分野の賃上げは、十分とはいえない。現場を支えるすべての労働者の継続的な賃上げが可能となるよう、次期報酬改定を待たずに更なる施策の実行とその財源を確保する必要がある」と福祉分野での賃上げの重要性を指摘。
〇賃上げの重要性と同時に「株主を重視しすぎるコーポレートガバナンスも見直すべきだ」とし、「これまで経営資源が人への投資に十分に配分されず、その結果として日本の賃金水準が国際的に低迷している」と指摘、「人的資本投資に関する情報開示の充実を図るとともに、中長期的な企業価値の向上に向け、人への投資、研究開発投資、設備投資を促すコーポレートガバナンス・コードに改訂する必要がある」など人への投資の重要性も指摘する。
〇連合・芳野会長は、上記のような内容を政労使の場で語りかけ、最後に「依然として過労死などがなくならないこと」や「総労働時間の高止まりなどを踏まえれば、『心身の健康維持と従業者の選択が前提にあったとしても、過労死ラインである時間外労働の上限規制や裁量労働の拡大などの規制緩和を行うべきではない。いま行うべきは『時間外を行わずとも安心して働き、暮らすことのできる賃金の確保』と真の『働き方改革』実現につながる労働時間の確実な縮減である」とも語り、高市首相の”働いて、働いて、働いて、働いて、働いてまいります”』に釘を刺した。ここは、長時間働けばいいのではなく、トップに立つほど、頭を働かせて働いてほしいものだ。
〇一方、使用者側の経団連・筒井義信会長は、「2026年春季労使交渉において、経団連・企業は社会的責務として、ベースアップ実施の検討を『賃金交渉のスタンダード』と位置づけて取り組む」と賃上げ・ベアに意欲的に取り組む姿勢を明かす。
〇その上で、賃金引き上げの力強いモメンタムの「さらなる定着」により、適度な物価上昇の下、実質賃金の安定的なプラス化の実現に貢献するとも語り、長年、実質賃金が物価高騰の影響を受けマイナス続きであることに心を痛めていることを披露する。
〇「春の労使交渉では、経営者のマインドセット変え、設備投資・研究開発投資・人的投資としての賃金引き上げをバランスよく促進する」とも語る。
〇さらに、労働生産性向上による賃金引き上げ原資の安定的な確保には、「労働移動の積極的な推進」と「柔軟で自律的な働き方の実現」が重要だとも指摘する。
〇最後に「政府の継続的に賃上げできる環境整備に期待する」旨を述べている。
〇春闘で攻める側の労組は、2026春闘で、どのような賃上げ要求を掲げようとしているのか。
〇ご存じのように、連合は、政労使会議の3日後の11月28日に開いた中央委員会で、「実質賃金を1%上昇軌道に乗せ、これからの”賃上げノルム”にしよう」との考えのもと、全体の賃上げ目安をベア・賃上げ分3%以上、定期昇給分(賃金カーブ維持相当分)を含め5%以上とする2026春闘方針を決めている。
〇春闘相場づくりに大きな影響力を持つ金属労協は12月3日、「物価高騰に対応するため、ベースアップ(ベア)で1万2000円以上」を決めている。
一方主要産別の要求姿勢をみる。
〇連合最大の産別労組・UAゼンセンは、「賃上げ目標として、正社員で6%以上、パートタイマーは7%とする方針」だ。正社員は、ベアで4%、定期昇給2%程度を含め6%以上とする。組織全体の6割を占めるパートの要求は、格差是正分を含めて7%。
〇同労組の永島智子会長は、「物価高の影響で生活が苦しいと感じる組合員も少なくない。賃金が上がらなければ消費は伸びず、賃上げも持続できない。賃上げの流れをけん引していくためにも、春闘で最低賃金の取り組みを一層強化しなければならない」と語っている。
〇金属労協の主要産別である鉄鋼、造船重機などで構成する基幹労連はベア1万5,000円の要求だ。過去最高の2025年と同額である。
〇トヨタ、ホンダ、日産などの労組で構成する自動車総連は、1万2,000円以上。
〇中小金属労組の多いJAMは格差解消へ過去最高の要求1万7,000円以上を検討中で、金属労協の要求を上回る元気さをみせる。
〇過去、スト連発で注目された私鉄総連はベア1万5,600円を要求。
〇2026春闘は、今後どう展開するのか。2026年1月中下旬に公表される経団連の経営労働政策特別委員会報告(経労委報告)を待って、1月下旬には労使トップ会談が開かれ、2月5日連合の2026春闘闘争開始宣言中央集会を経て、2月中旬には労働側から経営側に要求書を提出、熱い労使交渉を重ね、3月中旬一斉回答となる予定だ。
〇果たして、3年連続で5%を上回る春闘・賃上げ回答となるのか。高市首相の物価高を上回る実質賃金がプラスに転じる春闘になるのか、労使交渉の行方に注目したい。
〇参考までに2026春闘の回答予測をみると、浜銀総合研究所や伊藤忠総研の調査レポートによると、2026春闘で予測される賃上げ率は、4.4%から5.0%とのこと。2025年春闘相場からはやや下がり気味だが、それでも高い賃上げ率で推移するとの予測がでている。
〇浜銀総研は、5%弱の賃上げ率を予測、伊藤忠総研も4%半ば以上の高い賃上げ率とか。
〇世間の中、特に中小零細企業の経営者からは、“賃上げ疲れ”の様相も聞かれる昨今だが、政府の強力な中小企業の賃上げ支援が求められる。
〇最後に、2026春闘についてマスメディアは、どういった論調を張っているのかー読売新聞の社説の一部を紹介したい。そこには、「来年の春闘 高い賃上げ積極的に求めたい」との見出しで、「長引く物価高を克服する上で、来年の春闘は正念場だ。実質賃金の引き上げに向け、労使はこれまで以上に積極的に対話を深めてもらいたい」と注文をつける。その上で「2024春闘の賃上げ率は5.10%、2025春闘は5.25%と2年連続で5%台を実現も、実質賃金がプラスに転換しなければ、生活が改善した実感は乏しいままだ。(中略)賃金上昇の波を広げるためには、雇用の7割を占める中小企業の高い賃上げが不可欠になる」とする。
〇さらに「消費者物価指数の上昇率は今年おおむね3%以上で推移している。民間調査機関によると、来年は食料品などの価格高騰が一服し、全体で2%を下回る見通しだという」
〇こうした見通しで2026春闘が5%台の賃上げ率となれば、ようやく実質賃金が3年ぶりにプラスに転じ、消費者、勤労者世帯も生活改善の実感が持て、購買力も高まり、賃金・物価・経済の好循環が回り始めることになる。いい場面を想定し、2026春闘結果に期待を持ちたいものだ。

