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労働あ・ら・かると

トラブル予防効果のある雇用契約書を作ろう

社会保険労務士 川越雄一

 

雇用契約書というのは、採用から退職までの会社と従業員の約束事を書面化したものです。労働条件通知書ともいいますが本稿では雇用契約書と表記します。最低限盛り込むべき事項は労働基準法に決められていますが、記載内容が曖昧だったりすると従業員やその家族から誤解され、不信感を持たれるばかりか有らぬトラブルを招きかねません。それを防ぐには……。

 

1.雇用契約書活用3つの場面

最近は雇用契約書の重要性が増しています。主な活用場面としては3つあるかと思いますが、キチンとした雇用契約書ほどイザという時に頼りになるものはありません。

●労働基準監督署等の調査時
雇用関係でかかわる機関といえば、労働基準監督署、ハローワーク、年金事務所などですが、定期的に行われる調査時において雇用契約書の提示を求められます。採用日、労働時間、賃金など、どのような雇用関係にあるのかを把握するために重要な資料になります。口頭であれこれ説明しても言い訳がましく、書面である雇用契約書にはかないません。
●労働局の助成金支給申請時
雇用関係の助成金では雇用契約書の提出を求められることがほとんどです。助成金受給の前提として労働諸法令に違反していないことがあり、当然ながら法令に合致した雇用契約書が必要になるわけです。また、非正規雇用から正規雇用に転換することによる助成金であれば、労働条件がどのように変わったかを立証する証拠になりますし、労働局もそれにより判断します。
●労務トラブル発生時
起きてほしくないことに限って起きてしまうものですが、労務トラブルも同じです。特に労務トラブルは人の問題なので感情的になりやすくなります。その解決には第三者に協力を願うこともありますが、「労働条件はそもそもどうだったのか」という客観的な資料が必要になります。つまり自分に都合の良い記憶より記録である雇用契約書が解決の拠り所として重要になります。

 

2.出るところに出られると役立たない雇用契約書

雇用契約書も通常は社外に出ることはありません。そのため不備があったとしても別段問題は起きませんが、社外に出ると話は別です。特に労務トラブルで出るところに出られると役立たないことを痛感します。

●法定記載事項の漏れがある
会社にとって都合の悪いことを生兵法で法定記載事項を削除したり、制度を設けているのに「常識的にわかるだろ」とばかりに記載していない場合です。平常時はともかく、トラブル時には相手の不備を容赦なく指摘してきますので、雇用契約書の不備は相手の思うつぼです。また、見る人によって解釈が分かれるような曖昧な記載も争いのもとです。
●実態に合っていない
「雇用契約書には取り合えず書いていますが」は通じません。例えば、1日8時間、1週40時間で土曜日と日曜日が休日と記載してあるのに、実態は1カ月変形労働時間制みたいな働き方をさせている場合です。1カ月変形労働時間制の適用にはいくつかの要件があり、それを満たさない場合は原則どおりの労働時間で引き直された残業代等を請求される可能性が高くなります。
●従業員が理解できていない
当然ですが雇用契約書の当事者は会社と従業員です。その従業員が契約内容を理解していないと話になりません。採用後、必要に迫られパッパッと作って「これにサインしておいて」のような場合に起きやすいことです。労働法は基本的に労働者保護ですから、従業員は理解できていないことで救われ、経営者は理解させていないことで窮地に追い込まれやすいのです。

 

3.雇用契約書作成3つの視点

雇用契約書を作成する場合に重要なのは、採用時に退職時のことを取り決め、中学生でも理解できる内容、そして十分な話し合いを踏むという3つの視点です。

●採用時に退職時のことを取り決めること
雇用関係で一番難しいのは退職時です。いわゆる「別れ際」ですが、お互いの本音がぶつかりやすいからです。ですから、お互いの関係が前向きで良好な採用時に退職時のことを取り決めておくのです。雇用契約期間、契約更新基準、退職や解雇事由や手続きなどです。少々厳しい内容ですが採用時であれば比較的スムーズに取り決めることができます。
●中学生でも理解できる内容にすること
雇用契約書の書きぶりは中学生でも理解できるようにします。名文である必要はなく、他に解釈の余地がないよう、また詳しく補足説明しなくても良いようにします。日本の義務教育は中学校までですから、その人たちにも理解できる内容であることが必要です。それでも理解できないのは義務教育を果たしていない本人の問題です。
●十分な話し合いを踏むこと
雇用契約書作成までには十分な話し合いを踏むことが必要です。求人票、面接、内定時打ち合せ等、採用過程の各段階で内容を詰めたうえで作成します。つまり、段階を踏んでお互いに納得尽くで作成するということです。この話し合いこそがコミュニケーションであり、お互いの理解が深まります。理解が深まるからこそ雇用関係にほど良い緊張感が生まれトラブルの予防につながるのです。

雇用契約書の作成は、何となく役所などからの「やらされ感」もあります。しかし、今の時代は良好な雇用関係を保つには必須です。「備えあれば憂いなし」、キチンと作れば労務トラブル予防の特効薬ともなり得るのです。