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賃金計算で信頼を得る会社・失う会社

社会保険労務士 川越雄一

 

従業員からの信頼は、得るも失うも原因は小さなことです。例えば、毎月の賃金計算でも、信頼を得ることができますし、失うことにもなります。賃金計算は雇用関係の中核である賃金に直接関わる業務だからです。特に、4月に入社した従業員も徐々に仕事にも慣れ、自分の賃金明細をじっくりと見る余裕が出てくるこの時期は、ちょっとした間違いが会社への信頼を失くすきっかけにもなります。

 

1.信頼を失くしやすい3つの間違い
最近は賃金計算ソフトも充実していて、キチンと入力すればキチンとした計算結果を得ることができます。しかし、入力段階で一旦間違ってしまうと、ずーっと間違いが続いてしまいます。
●勤怠項目が不足、賃金額に反映されていない
賃金計算により作成する賃金台帳の勤怠項目には、労働日数、労働時間数、休日労働時間数・早出労働時間数・深夜労働時間数を記載することになっています。しかし、残業時間数等が抜けていたり、勤怠項目が一切記載されていなかったり、勤怠項目が賃金額に反映されていない場合もあります。多くの場合は、従業員へ渡す賃金明細の勤怠項目も同じようなことになっています。
●時間外労働手当の単価間違い
時間外労働手当の1時間当たりの単価は「対象となる賃金月額÷1カ月の平均所定労働時間×割増率」で計算されます。対象となる賃金月額から除外できるのは、通勤手当と住宅手当くらいのものです。しかし、基本給だけを対象の賃金としていたり、所定労働時間数を昔ながらに200時間としていることがあります。ここでの単価間違いは、休日労働手当や深夜労働手当にも影響します。
●社会保険料の控除間違い
社会保険料は前月分を当月支給の賃金から控除します。また、毎年4月・5月・6月に支給された平均賃金により9月分からの保険料が定時決定され、10月支給の賃金から控除することになっています。これらは法律でそのようになっています。しかし、当月支給の賃金から当月分の保険料を控除したり、定時決定された9月分の保険料を9月支給の賃金から控除していることがあります。

 

2.なぜ間違いに気付きにくいのか
賃金計算で間違いが多いのは法律の解釈云々というより、単なる法律の理解不足からくるものがほとんどです。また、賃金計算はその道何十年というベテランが担うことが多いと思いますが、なぜ間違いに気付きにくいのでしょうか。
●従業員からは指摘されにくい
賃金計算はいくつかの法律や就業規則に基づいて行いますが、担当者以外の従業員は法律にそこまで精通していません。また、仮に精通している従業員でも、長年間違った計算がなされていると、さもそれが正しいかのように見えてきます。さらに、賃金計算担当者が社内で影響力の大きい人だったりすれば、「触らぬ神に祟りなし」で、間違いを指摘されることも少ないのです。
●それでも何とか回る
賃金計算に少々間違いがあったとしても会社業務は何とか回ります。社内で「何かおかしい」と思っている従業員がいたとしても、直接指摘されることは少ないので表面上は何の問題も生じません。ですから、賃金計算担当者も「今まで何の問題もない」という思いが強く、現状の計算を再確認しようという発想にもならないのです。
●役所のチェックには限界がある
賃金計算について、主な役所のチェックとしては労働基準監督署、ハローワーク、年金事務所、税務署の調査があります。しかし、役所はそれぞれの所管する項目しかチェックしません。例えば、労働基準監督署がOKだとしても税務署も大丈夫ということにはなりませんし、またその逆も同じです。まして、役所の調査で全てがチェックされるわけでもなく、そこには自ずと限界があるのです。

 

3.スグできる間違い発見3つのポイント
間違いに気付きにくい賃金計算ですが、その気になればスグに発見できる方法があります。最も重要なことは、担当者自身が一度自分のやっている計算を疑ってみることです。
●計算を一度疑ってみる
賃金計算の間違いを改善するために最も効果的なのは、担当者自身が一度自分のやっている計算を疑ってみることです。もちろんこれは、後ろ向きなことではなく、交通安全の教訓である「かもしれない運転」的な発想です。「今までは何も問題化していないけど、間違っているかもしれない」と考えてみます。経験者にとっては難しいと思いますが最も重要なことです。
●毎月、社会保険料の納入通知書と照合する
これは最も簡単です。毎月20日頃に届く「納入告知書」に記載された保険料と、賃金計算で控除した保険料合計を照合します。保険料は労使折半ですから、控除した保険料合計の2倍が「納入告知書」に記載された保険料と一致すれば大丈夫です。特に、10月など保険料の変更時期は重要です。この照合を行うだけでも社会保険料控除についてはほぼ間違いなく計算されていることになります。
●たまには第三者にチェックしてもらう
内部チェックも考えられますが、賃金計算という業務の性質上中小企業では難しく、外部の第三者に見てもらうのが現実的です。例えば、労務的視点からは社会保険労務士、税務的視点からは税理士に依頼するのも一つの方法です。労務についていえば、賃金計算は労務管理の基本であり、保険料控除の適否ばかりではなく、時間外労働や休日労働の時間数から過重労働の傾向等も把握できます。

従業員の信頼を得るには、何か大層なことを考えがちですが、毎月の賃金計算を間違いなく行うだけでもかなり有効です。会社と従業員、それぞれに立場は違っても信頼関係の基本は「当たり前のことを当たり前に」だと思います。