労働あ・ら・かると
2025年度最低賃金引上げ目安63円と過去最高
労働評論家・産経新聞元論説委員・日本労働ペンクラブ元代表 飯田 康夫
7割超の道県で目安に1円から9円上積み、人材流出懸念が背景に
〇中央最低賃金審議会が去る8月4日、2025年度の最低賃金(時給)改定の目安を63円、引き上げ率で6%とする旨の答申を厚生労働大臣に提出、大きな話題を広げた。引上げの目安としては過去最大。これによって、最低賃金の全国平均は1,118円となり、すべての都道府県で1,000円を超えることになる。今、厳しい残暑の中、地方の最低賃金審議会で公労使の熱い論戦が展開されており、中央最低賃金審議会からの最賃額63円(Cランク64円)引き上げ目安にどこまでプラスの答申が出されるのかに注目が集まる。共同通信の中間集計によると、鳥取県では中央最賃審からの目安64円に、9円上積みした73円、島根県で8円プラス、石川県で7円プラスなど7割超の道県で、目安に1円から9円上積みとする地方最低賃金審議会から、新たな目安答申がなされており、今後、東北や九州での動きが注目される。上積の背景にあるのは人材の流出懸念などがあるとされる。63円にプラスの答申が出された場合、石破首相が、中小企業・小規模事業者に向け、強力な支援を打ち出しているだけに、その行方にも関心が集まる。
〇最賃引上げ6%、63円とする答申を受け、政労使の各代表である石破首相は記者会見で、閣僚からも記者会見で、連合は清水事務局長談話で、中小企業を代表する形で、日本商工会議所の小林会頭はコメントをそれぞれの立場から表明、その姿勢を明らかにした。
石破首相 「賃上げこそが成長戦略の要」強調
引上げ目安63円プラスの地方最賃審答申に強力な支援策打ち出す
〇石破首相は、「2025年度の最賃額引き上げについて、全国加重平均で6%、金額では63円を引き上げることを内容とする中央最低賃金審議会小委員会報告で取りまとめられたことの報告を受けた。この後、本審議会で議論されるが、この目安で引上げが行われれば過去最大であり、全国加重平均で1,118円となる。私共の内閣の「2020年代に全国平均1,500円」という高い目標に配慮いただきながら、データに基づく真摯な議論が行われたと承知しており、公労使の皆さまに感謝を申し上げたい。石破政権として「賃上げこそが成長戦略の要」という基本的な理念、そして、これまでの取り組みが着実に浸透し、成果を上げているということ。今後も賃上げ5か年計画(中小企業・小規模事業者の賃金向上推進5か年計画)を強力に実行し、価格転嫁や省力化投資加速化プランの徹底、事業承継・M&A(買収と合併)成長投資の加速など、中小企業・小規模事業者を含め、経営変革の後押し、そして賃上げ支援のため、政策を総動員していきたいと考える。これから議論は地方の最低賃金審議会に移るが、国の目安を超えて最低賃金を引き上げる場合は、重点支援を考えている。その点も十分、地方に伝わるようにしながら、地域の実情に応じた真摯な議論をしてほしい。
石破首相 2020年代中に全国1,500円に向け最大限の努力したい
〇記者団から、「2020年代に全国平均1,500円の政府目標を達成できると考えるか」の質問に、以下のように答えている。
〇「達成するためにこういうもの(1,500円目標)を出しているわけで、毎年7%引上げるというわけではない。年によって変動はある。ただ目標達成に向けて、今後、努力していきたい。今後政策、施策の効果が現れることによって、達成可能であろうかと考える。賃上げをすることで、経済が活性化し、事業体が伸びていく,そして相応しい賃上げが支払われることで、好循環が期待される。それが実現するように、最大限の努力をして、労働者の、国民の賃上げが実現をし、「賃上げこそが成長戦力の要」だということを正しく実現をしたいと考えている」と語る。
〇閣僚らからの発言も相次いだ。
〇福岡厚生労働大臣は、5日の閣議後の記者会見で、「2020年代に全国平均で1,500円とする目標について、今後も各種助成金による支援のほか、価格転嫁と取引の適正化など、企業が賃上げしやすい環境整備に取り組むことで目標達成に向け引上げを加速させたい」と語り、赤澤経済再生担当大臣も、閣議後の記者会見で、「2020年代に全国平均で1,500円という高い目標に向かってたゆまぬ努力を続ける。まずは、地方の最低賃金審議会に対して中央の目安を上回る対応をするよう働きかけたい」と語り、その上で「最低賃金が引き上げられた場合に生じる企業側の負担を巡り、政府の補助金での重点的な支援や交付金などを活用して生産性の向上に取り組み、最低賃金の引き上げに対応する中小企業・小規模事業者を大胆に後押していく」など支援策に力を注ぐとした。
〇一方、最低賃金額63円の引き上げ目安を受けた労使代表は、それぞれに以下のような受け止め方と評価をしている。
連合 事務局長談話で「誰もが時給1,000円」達成でき、高く評価
〇連合は、清水事務局長談話を公表している。その柱は、①目安は公労使による真摯な議論の結果として、受け止める、②「誰もが時給1,000円」を着実に達成し、中期的な目標も見据える、③ランク逆転の目安により、地域間額差の是正に一層の厚みが期待される、④目安の意義を尊重した活発な議論とできるだけ早期の発効を掲げた。
〇具体的は、「最近、最低賃金近傍で働く労働者の生活実感の捉え方とその改善を最大の論点として、公労使による真摯な議論を積み重ねた。過去最高となる6%の目安は賃上げの流れを未組織労働者へと波及させ、社会全体の賃金底上げにつながり得るものとして高く評価する」とし、「連合は、今年度の地域別最低賃金の取り組み方針として、①誰もが時給1,000円の実現、➁1,000円達成後は、一般労働者の賃金中央値の6割水準の中期目標を目指す、③地域間の「額差」縮小を掲げた。今回示された目安によって、連合が目標として掲げてきた時給1,000円を達成できる目途が立ったことは評価できる」とする。
〇さらに「本年度の目安の金額は、CランクがA・Bランクを上回った。これはランク別に目安を示すようになった1978年以来、初めてであり、額差縮小に向けた中央最低賃金審議会としての強力なメッセージといえる」とも指摘、「地域別最低賃金は、集団的労使関係のない職場を含めた社会全体の賃金を底支えする重要な役割を果たしている」とした。
使用者側 引上げに異論はないが、63円目安は極めて厳しい結果
〇中小企業・小規模事業者の代表格である日本商工会議所の小林会頭は、次のようなコメントを発表した。
〇「物価や賃金の上昇が続く中、最低賃金の引き上げ自体に異論はないが、問題はその引上げ幅とスピードである。今回の結果は、公労使で議論を尽くし法定三要素のうち賃金、物価の大幅な上昇を反映したものだが、地方・小規模事業者を含む支払い能力を踏まえれば極めて厳しい結果と言わざるを得ない。
〇他方、近年の大幅な引上げに伴い影響を受ける企業が増えていることを踏まえ、発効日について、準備期間の確保の観点から、地方最低賃金審議会での議論を求める旨が示されたことは評価したい」。
〇「地方最低賃金審議会においては、近年、隣県との過度な競争意識から、目安を大きく上回る引き上げ額が示されることが増えているが、地域や企業の実態を十分に踏まえ、発効日を含め、納得感のある審議決定がなされることを強く期待する」。
〇「最低賃金引上げの影響を受ける中小企業・小規模事業者は年々増加している。政府は『中小企業・小規模事業者の賃金向上推進5か年計画』の着実な実行などを通じ、企業が自発的かつ持続的に賃上げできる環境の整備に一層、力強く取り組まれたい」とする。
〇参考として、政府が掲げる2020年代に最低賃金1,500円目標を達成するには、今回の引き上げ目安63円で全国平均は1,118円となるが、これを1,500円にするには、今後4年間で382円の上積みが求められ、年間では95円50銭となる。高い目標を掲げ、努力する必要はあるが、如何に1,500円に近づけるか、今後の重い課題だといえよう。
〇手元に、新聞折り込みの求人チラシに目をやると、お菓子工場で祝日の清掃パートタイマー対象に時給1,553円という1,500円を超える求人が目に入った。平日では1,150円、土日で1,200円とある。祝日は人材確保が困難な状況が読みとれるが、時給1,500円が現実のものとなってきたのだろうか。