労働あ・ら・かると
雇用仲介者の責任 仲人の責任
一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二
〇有料職業紹介事業は、昭和22年に制定された職業安定法によって、その後幾多の改正が重ねられ、その規制内容は変化しているものの、許可の必要なビジネスであることは、読者のみなさんよくご存じのことと思います。
〇そしてビジネスの場面では、この「雇用の仲介者」という存在は、人材と雇用主を引き合わせて、雇う/雇われるという雇用関係の成立をあっせんする立場です。
〇この「あっせん」によって成立した雇用関係が、不幸にして不調な状況となった時に当事者(求人者/求職者)から主張されるのが「あっせん責任」です。
〇職業紹介以外に視野を広げてみると、問われるあっせん行為の責任については、状況や関係性によって様々です。
〇例えば、宅地や建物といった不動産の売買や賃貸取引の仲介を手掛けるには、宅地建物取引業法によって免許を受けることが義務付けられ、従業員5人に1人の割合で専任の宅建士が必要とされています。実際の取引の場面では重要事項の説明などが義務付けられ、買主借主保護のために定められていると解説書には記されています。
〇情報の非対称性が高い(一方の当事者だけが特定の情報を知っている状態/取引の当事者間で知り得る情報に大きな差がある状態)取引においては、特に仲介者が情報の橋渡し役として、取引の公正性や効率性を高める役割を担う必要があると言われています。
〇宅地建物取引の他にも、中古車売買取引(売り手である車の元の所有者は事故歴を含め車の状態について詳しい情報を持っており、買い手はそれを完全に把握することが難しい)、保険契約(保険会社はリスク、保険料など保険契約に関する情報を十分に持っている一方、保険加入者は保険の仕組みやリスクを完全に理解できない場合)、金融取引(金融機関・運用機関は自らの提供する金融商品についての情報を持っているが、投資家はその商品の詳細な情報を完全に理解するのが難しい)などが挙げられるでしょう。
〇就職転職の場面での、応募しようとする人材(求職者)側からすると、実際の求人企業の職場環境・人間関係などの情報が十分に得られていないと思うことがあるのは当然ですし、自社に都合の悪い情報は公開せずに良さそうに見えるところばかりを強調して募集広告を行う求人者が存在することもありますから、まさに「情報の偏在を少しでも解消するための仲介者」が必要とされるわけです。
〇しかし、雇用しようとする求人者側からすると、履歴書・職務経歴書だけでは採用しようとする人材の能力適性の情報が不十分だという主張も理解できます。
〇職業紹介事業者が「あっせん=職業紹介」を行う場合の、情報偏在については、必ずしも一方的な偏在ではなく、タイプの異なる情報の偏在が双方にあることを肝に銘じてビジネスを展開すべきでしょう。
〇もちろん、人材不足・労働供給制約時代といっても、基本的には雇用主側が労働者に対して圧倒的な支配力を持つ「雇用」という関係ですから、人材の基本的人権を守るために、労働基準法や労働契約法をはじめとする様々な労働法規が存在し均衡をはかっていることを忘れてはいけません。
〇また、求人者の客観的な情報のほうが多く公表され、収集しやすい時代ですから、正確客観的な求人者情報についての応募者の理解が進むように、仲介者が助力することが重要であることは間違いありません。
〇しかし職業紹介事業者の努力にもかかわらず、多くの誤解、場合によっては理不尽ともいえるあっせん責任・紹介責任を問われることがあります。
〇多く見られるのは、職業紹介によってあっせんされ、求人者による採用選考の結果、当事者間で成立した雇用関係(契約)が継続しがたい状況に陥った時の「紹介責任の追及」です。
〇雇用主(元求人者)からの主張によくみられるのは、「人材の能力適性が期待していたほどではないので、解雇したい。/紹介者として人材に伝えてほしい。」というものです。この解雇あっせんの要求は、実際の就労が始まっていない、いわゆる内定段階でも起きることがあります。
〇これらの要求への回答は、「人材紹介は身元保証をするものではありません。」「厚生労働大臣から受けている職業紹介許可は『雇用関係成立のあっせん』であって『成立した雇用関係の解消のあっせん』は取り扱えません。」ということになります。
〇このように申し上げると、憤懣やるかたない心情の求人者の方の中には「そもそもこんな人材を紹介した紹介会社の責任だ。本人に支払った給与を弁償しろ。」とまで、おっしゃり出す方も見られます。遠慮のない言い方をさせてもらえば「まるで、離婚の責任を仲人になすりつけるよう。」な光景です。
〇ご自分が選考され、採用に至った労働者に関して「採用責任」を棚に上げて雇用仲介者を相手に損害賠償訴訟が起きたことがあります。この裁判の場では請求は認められませんでしたが。
〇もちろん、職業紹介事業に従事する方は、求職者から提供を受けた事実を正確に求人者に伝えなければなりません。仲人が、いわゆる「仲人口」を使うようにいいとこ取りの情報を使って、職業紹介を行ってはいけないことも再認識していただきたいものです。
〇もっとも、最近の結婚は仲人なしのマッチングアプリで出会うことが急増していると聞きます。職業紹介事業者の助言の介在なしのマッチングアプリで就職転職する場合、膨大な求人情報量の中から、自分に適切な求人を探し出すのに仲人が不要なのかどうかは、また機会をみて別稿にて考察してみたいと思っています。
〇以上
〇(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)