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2024春闘は、課題を克服できつつあるのか

労働評論家・産経新聞元論説委員・日本労働ペンクラブ元代表 飯田 康夫

5%台賃上げで実質賃金はプラスへ
課題は、中小・零細企業、パートなど非正規労働者の賃上げだ

物価高騰が続く中、2024春闘は、政労使が物価・賃金・経済の好循環の実現を目指した共通認識のもと取り組みが進み、大企業は3月13日の集中回答で満額回答が続出、マスコミも3月14日の朝刊一面トップ記事でこれを大きく報道した。
新聞の見出しは、次のようだ。
「賃上げ“満額”相次ぐ」、日鉄・スズキ(労組の)要求(額)超え、実質賃金増へ前進、中小への波及焦点に、満額―人手不足に危機感、待遇改善(で)人材確保狙う、高水準賃上げ―継続に課題、非正規(の賃上げに)波及、「人材力」底上げ競争激化、労働環境改善の動き相次ぐ、中小―人材確保へやむなし、春闘―日銀を後押しなど、これらの見出しを見るだけで、2024春闘の存在感、そして課題がすべて理解できそうだ。
加えて、マスコミ各紙の社説や主張では、「高水準の賃上げ定着させたい」(読売新聞)、「春闘の集中回答―中小企業に賃上げ波及を」(産経新聞)、「春闘と賃上げ―中小に広げ持続的に」(朝日新聞)、「満額回答相次ぐ春闘―息切れせず中小へ波及を」(毎日新聞)、「賃上げ継続へ官民で構造改革を加速せよ」(日経新聞)など、2024春闘への評価と課題、労使が取り組むべき課題が幾つか指摘されており、新聞の見出し記事と社説を一読することで、2024春闘の課題やこれからの問題など、あらまし理解が深まりそうだ。

こうした報道を受け、労使トップは満足気の様子でコメント(以下詳報参照)を公表している。岸田首相も物価高で実質賃金がマイナスからプラスに転じることが見通せるとあって、笑顔を見せ、賃上げの成果が、解散に影響か、経済好転で局面打開、「脱デフレ宣言」はいつといった政界も巻き込んだ2024春闘の様相もみせる。

4月から5月に掛けて中小企業や非正規労働者の賃上げ交渉が熱を帯びてくる。同時に、脱デフレが実現するのか。春闘相場が5%台を維持できるのか。その結果、23カ月もの間、続いてきた実質賃金マイナスがプラスとなり、国民の消費購買力が高まるのか。諸課題が2024春闘でどこまで克服できつつあるといえるのか、予断を許さない。

一番の課題は、3月段階の大企業の満額回答が、中小企業や地場産業、パートなど非正規労働者の賃上げにどこまで波及し、大企業を上回るほどの賃上げが実現しつつあるのか。今が大事な交渉段階を迎えているのだ。
中でも、中小企業の賃上げ原資を確保するため導入された価格転嫁がどこまで広がりを見せているのか。帝国データバンクの2月時点調査では価格転嫁率は40.6%だ。これでは100円のうち40%の賃上げ原資は確保できても、残り60%は中小企業側の負担となり、大企業のように高額賃上げを実現するのは困難だということになる。中には、中小企業やパートタイマーの賃上げで、6%、7%実現の職場も伝わってくるが、連合が主張する、格差是正・底支え・底上げが、容易に縮まるとは言えそうにない。(独)JILPT(労働政策研究・研修機構の2月時点の「企業の賃金決定に係る調査」でも、コスト上昇分の価格転嫁は『全くできていない』が30.6%みられ、中小企業の賃上げ環境は容易でないことが分かる。

3月13日のヤマ場となった集中回答―それは満額回答続々との報を受け、労使トップは何を語り、大企業に続く、中小企業や非正規労働者の賃上げにどう取り組もうとするのか。
連合・芳野会長(中央闘争委員長)は、開口一番、ゆとりある姿勢で、先行組合の勢いを中小組合・社会全体へ波及させたいと語ったのが印象に残る。
芳野会長は、大きく分けて3つのことが指摘できるとのコメントを発表。
①幅広い産業で要求の趣旨に沿った回答が進んでいること、
②新たな経済社会へのステージ転換に向けた大きな一歩として受け止める、
③さらなる一歩のため、高い水準での相場波及に総力をあげる、とした。

連合は2024春闘を経済も賃金も物価も安定的に上昇する経済社会へとステージ転換をはかる正念場と位置づけ、昨年を上回る賃上げをすべての働く仲間の生活向上につなげていく方針を掲げた。
先行組合回答引き出しのヤマ場(3月12~14日)に向けて「要求の趣旨に沿った最大限の回答引き出しに全力をあげる」とともに、「総力をあげて後に続く組合の交渉環境を支える。同時に労働組合のない企業の賃上げに向けた世論醸成に取り組む」ことを確認し、交渉を進めた。その結果、幅広い産業の労働組合が要求の趣旨に沿った回答を引き出した。

現時点(3月14日)までに示された回答は、産業による違いはあるものの、多くの組合で、連合が賃上げに改めて取り組んだ2014年闘争以降で最高となる賃上げを獲得している。労使がデフレマインドを完全に払しょくし、新たな経済社会へ移行する正念場であるとの共通認識のもと、物価高による組合員の家計への影響、人手不足による現場の負担増などを踏まえ、産業・企業、さらに日本経済の成長につながる「人への投資」の重要性について、中長期的視点を持って粘り強く真摯に交渉した結果と言える。有期・短時間・契約等労働者の賃上げ結果も、格差是正に向けて前進できる内容と受けとめる。先行組合が引き出した回答内容を中小組合、さらには組合のない職場へと波及させていくことで、すべての働く者の生活向上につなげていかなければならない。

3月13日の政労使会議の意見交換では、中小企業や労働組合のない職場で働く者を含む「みんなの賃上げ」の重要性を訴えた。岸田首相は「中小・小規模企業における十分な賃上げによって、裾野の広い賃上げが実現していくことが大切」であり、政府として「賃上げの流れを継続できるようあらゆる手を尽くす」と述べ、出席した労使団体や各省庁に協力を呼び掛けた。
先行組合が引き出した回答は、総じて後に続く組合を勇気づけるものである。各組合は、要求の趣旨に沿った回答を引き出すべく、最後の最後まで粘り強く交渉してほしい。連合は、これから労使交渉が本格化する中堅・中小組合が最大限の回答をひきだし、早期に解決できるよう、構成組織・地方連合会と一体となってサポートしていくとした。

問題は中堅・中小企業での賃上げ原資となる価格転嫁の取組みだ。ある大手産別で多くの中小労組、パート労働者を抱えるトップリーダーは、中小企業での価格転嫁の動きは鈍いと語り、中堅・中小企業での賃上げ交渉は容易でないことがわかる。
一体、価格転嫁の動きはどうなのか。(株)帝国データバンクが、この2月行った「価格転嫁に関する実態調査」によると、特徴的なのは、①自社の商品・サービスに対し、コストの上昇分を『多少なりとも価格転嫁できている』企業は75%と7割超となった、②他方、『全く価格転嫁できない』企業は12.7%で、依然として1割を超える、③価格転嫁率は40.6%と前回調査(2023年7月)から3ポイント後退し、依然として6割近くが企業負担だ、④業種別の価格転嫁率は、『化学品卸売』(62.4%)、『鉄鋼・非鉄・鉱業製品卸売』(60.6%)などでは6割を超えた。
自社の主な商品・サービスにおいて、コストの上昇分を販売価格やサービス料金にどの程度転嫁できたかを尋ねると、コストの上昇分に対して『多少なりとも価格転嫁できている』企業は75%。その内訳をみると、『2割未満』が24.4%でもっとも高く、「2割以上5割未満」が15.6%、「5割以上8割未満」が13.3%、『10割すべてで転嫁ができている』企業は4.6%だった。

コスト上昇分に対する販売価格への転嫁度合いを示す『価格転嫁率』は40.6%。これはコストが100円上昇した場合、40.6円しか販売価格に反映できず、残りの6割を企業が負担することを示している。
企業側からは『材料費の価格転嫁はスムーズにできたが、経費や人件費の価格転嫁ができていない』とか『ある程度は価格転嫁できたが、エネルギーや原材料の上昇はとどまることを知らず、まったく追いついていない』といった声も届いている。
同調査結果から見えてくるのは、自社の商品・サービスのコスト上昇に対して、7割を超える企業で多少なりとも価格転嫁できていることが分かる。しかしその価格転嫁率は40.6%と前回調査から3ポイントも後退し、依然として企業負担は6割近くに上っている。価格転嫁に対する理解は醸成されつつあるものの、原材料価格の高止まりや他社への説明が難しい人件費の高騰などに対し、取引企業との関係上、これまで以上に転嫁の実施が難しいことが浮き彫りとなっている、加えてこれ以上価格転嫁を進めてしまうと消費者の購買力の低下による景気の低迷につながることも危惧されている。人件費など目にみえにくい単価の上昇分を、如何に見える化して説明するか、価格転嫁のステージがかわってきたことを示唆している。
そのため、企業には適正な価格転嫁の推進と同時に物価上昇を超える継続した賃上げの実現、政府には減税など消費者の所得増大に資する抜本的な変革が早急に求められるのだ。

経団連の十倉会長は、3月13日の集中回答を受けて「官民連携によるデフレからの完全脱却をキーワードに、昨年以上の熱意と決意を持って賃金引上げのモメンタムの維持・強化に取り組み、物価動向を重視しベア実施を有力な選択肢としてできる限りの賃金引き上げを強く呼びかけた結果だ。1万円以上、5%超の賃金引上げができ、嬉しく思うとともに安堵感を覚える」とした。
その上で、3月26日には、賃金引上げのモメンタムを2025年以降の春闘でも継続していくための取り組みを問われ、「賃金と物価の好循環を実現すること。同時に、物価動向ばかりでなく、人手不足への対応も見逃せない。2025年、2026年と賃金引上げのモメンタムが維持・強化されてこそ構造的な賃金引上げが実現したといえる」とも語り、4月8日には、「想定以上の賃金引上げが実現している。2025年以降も維持・強化し、構造的な賃金引上げを実現していく必要がある。物価上昇を2%程度の適度な上昇に安定させることが不可欠だ。統計上、実質賃金がプラスとなることを期待している」など賃金引上げに力を込める。
果たして、中小企業や非正規労働者の賃金が5%を超える水準で決まり、全国的に消費購買力が高まるのか。ここ2~3か月の労使交渉から目が離せない。