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特定技能外国人材の転職制限と基本的人権意識の欠如

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 

筆者は、長い間世界からその人権蹂躙の状態が指摘されてきた日本の技能実習制度の見直しがやっと始まったことについて、その推移を見守ってきました。
昨年12月から7回にわたり開催された、「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議」での議論を踏まえた中間報告書が、今年5月11日、関係閣僚会議の共同議長である法務大臣に提出されたことは、多くの読者のみなさまご存知のことと思います。
その後も精力的な議論が続けられて、今月11月15日に通算15回目となる同会議が開催され、最終報告書のたたき台が提出される段階にやっと到達しました。

提案された新たな制度は、「外国人材の人権保護」「外国人材キャリアアップ」「外国人材に限らない全ての人が安全安心に暮らすことができる外国人との共生社会の実現に資するものとする」という三つの視点が掲げられ、当然との印象もありましたが、いまさらこの三点を掲げなければならない現状に嘆息しつつ、この最終報告書たたき台の見え消し版を読み進みました。見え消し版のほうが論議の中でどのような点が加えられたか、どのような点が削除されたかが判るからです。
読み進むと「これで本当に外国人材にとって魅力ある働き方ができる国となるのだろうか/人手不足の産業界にとって適切な持続性のある制度になるのだろうか」という疑念がそこここに見受けられるものの、「今までのひどい制度よりは一歩前進となるステップとしては容認すべきなのかもしれない。」と自分に言い聞かせている我が姿に気づきました。
またコロナ禍以前の話ですが、海外への人材送出し国で開催された人材招致イベントを見学した際に、必ずしも日本ブースへの集まりが芳しくなく、他の国に興味を持つ人材が多くいた光景も思い出しました。

最終報告書たたき台に気になる点は多々あるのですが、とりわけのけぞったのは、「新制度での転籍の在り方」において、中間報告書にはなかった「転籍(転職)制限期間について、2年を超えない範囲とすることを可能とする(会議体の意見を踏まえて政府が判断)。」とされたことです。
中間報告書において、技能実習生の転籍の在り方について「転籍を原則として認めていないために、雇用主が無理なことを言っても技能実習生は従わざるを得ず、それが様々な人権侵害を発生させる基礎的な背景・原因となっている。」「日本国内の人材確保が目的であるとすれば、他の在留資格と同様に、原則として転職を禁止する理由はない。転籍制限があることにより、外国人材を雇用主に大きく従属させる可能性があり、権利行使を間接に妨げているというILOの指摘は重いもの。」「暴行や虐待、秘密裏の出産という普通の雇用形態では考えられない人権侵害を防止するためには、転籍制限をなくすことが不可欠である。」と指摘し「より良い労働条件を求めて転職していくのは、労働者の基本的な権利である。」との記述の影が薄くなったと感じるのは筆者だけでしょうか。
「外国人の人権保護の観点から、一定の要件の下で本人の意向による転籍を認めるとともに、監理団体・登録支援機関・受入れ機関の要件厳格化や関係機関の役割の明確化等の措置を講じること」と言いつつ、中間報告書にあった「良い労働条件のために転職していくことはやむを得ず、それにより、むしろ、その業界自体が良くなっていくのではないか。」という記述は無視されたようにすら思えます。
育てた人材が地方から大都市圏に大量に移動してしまうことを懸念する意見もあったようですが、筆者が思うに、むしろ受入れ企業が、給与水準はもちろん、物価の状況やその地域で働くことの魅力、その受入れ企業で働くことにより身につけることができる技能を、どのように外国人材に具体的に示すことができるのかが大事ではないでしょうか。筆者の思い過ごしかもしれませんが、受入れ企業の雇用主としての「雇い方改革」の未熟さを勘ぐってしまいます。
また自治体が外国人と共生するための環境整備を積極的に行っている事例にももっと目を向けるべきでしょう。人材の基本的人権である「職業選択の自由」を法で拘束しようとするのではなく、「魅力ある働く環境」の実現を目指す地域や企業では、日本人の人材も外国人材もその定着は良好なのではないでしょうか。

どちらかというと雇用主側の声が大きく反映されてしまう委員構成ではないかとの指摘もジャーナリストの中からは聞こえる中、弁護士の市川委員の提出資料には、今一度目を通した上での最終報告確定を期待しています。

文末になりましたが、もちろん、小職の仕事の中で最近気になる「特定技能人材の紹介って儲かるんですってね」という問い合わせにみる利益のみを追及する発想や、「登録支援と外国人材紹介を一体となって行う」という労働者供給的発想の問い合わせの増加には、今般敢えて加筆された「『悪質な民間職業紹介事業者等』が関与することで外国人や受入れ機関が不利益を被ることがないよう、転籍の仲介状況等に係る情報の把握など、必要な取組を行う。」という一文を忘れずに、良質な外国人材紹介業の育成につながる努力を忘れずにいたいと思っています。

以上

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)