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最低賃金、目安(41円)上回る43円増、初の1,004円が実現

労働評論家・産経新聞元論説委員・日本労働ペンクラブ元代表 飯田 康夫

異例の地方最賃審議会での引上げ論議、やがて1,500円も視野に
東京の最低賃金、韓国の最低賃金を下回り 国際的にみて低位にある日本の最低賃金

令和5年度の最低賃金(時給)の改定は、去る7月末、中央最低賃金審議会から前年対比で過去最高額となる41円増の全国加重平均1,002円の目安が提示されたが、8月18日までに全国47都道府県の地方最低賃金審議会から、新たな最低賃金の答申がなされ、目安を8円上回った佐賀県(目安39円→改定47円、以下同順))をはじめ、7円上積された山形県(39円→46円)、鳥取県(39円→46円)、島根県(40円→47円)、6円上積された青森県(39円→45円)、長崎県(39円→45円)、大分県(39円→45円)、熊本県(39円→45円)など、目安41円増そのままの額を答申した東京(41円→41円)を上回り、目安額を上回る金額を答申した県が相次いだのが令和5年度最低賃金改定の新たな特徴といえる。

Cランクの地域で目安39円の引き上げをそのまま受け入れたのは岩手県(目安39円→改定39円)のみ。最賃額1,000円台は、令和4年度の3都府県(東京都、神奈川県、大阪府)から令和5年度には8都府県(新たに埼玉県、千葉県、愛知県、京都府、兵庫県)に広がった。
最賃額の最高額は東京都の1,113円、最低額は岩手県の893円。その比率をみると80.3%に相当し、昨年度の79.6%から格差は縮小、この傾向は9年連続だ。

改定額を目安以上とした答申は、東北(青森県、秋田県、山形県、福島県)や、四国・九州・沖縄で目立ち、四国・九州・沖縄では愛媛県を除き、軒並み目安を上回った。まさに地域差Cランク返上の姿をみせたといえそうだ。
最終的に最低賃金のアップは43円増の全国加重平均で1,004円と目安41円を2円上回る異例の最低賃金が10月1日から中旬にかけて実施される。改めてǍランク、Bランク、Cランクの地域差を考慮した目安の決め方に一石を投じたもので、令和6年度以降の新たな目安制度への取り組みが注目される。

ところで、わが国に最低賃金法(以下「最賃法」という)が成立したのは昭和34年(1959年)のこと。この数年前から業者間協定の名の下で最低賃金制度が産声を上げ、その第1号が静岡県缶詰製造業での最低賃金協定であったことを記事にした記憶がある。それが最賃法成立後、法定最賃の第1号として同年8月静岡県最低賃金審議会から認定されたものだ。当時の最賃額は、今日のような時給でなく、日額表示で200円だった。8時間労働としてみると時給25円相当となる。当時の賃金ベースは20,000円程度、日額にして660円だ。それが65年を経過する中で、令和5年の最賃改定目安として中央最低賃金審議会は、前年比41円アップという過去最大の上げ幅となる1,002円を提示、猛暑の8月、全国都道府県の地方最低賃金審議会は、文字通りの熱い論戦を重ね、目安を上回るという異例の最賃額改定となり、先週の18日までに各都道府県最賃審議会から最賃改定額が答申され、厚労省からの公表となった。

最賃法が誕生した昭和34年当時、生まれた赤ん坊も、学校生活や社会人経験を経て、いまや65歳の定年直前だ。時代は、当時の皇太子さま(現・上皇天皇)の結婚式が同年4月10日行われ、お妃となられる美智子妃殿下にあやかったミッチーブームに沸く一方、政治的には、昭和35年(1960年)の60年安保改定論争が本格化。年末には安保改定阻止統一行動のデモ隊(約2万人)が国会構内へ突入するなど騒乱状態もみられた。国際的には、キューバ革命軍が当時の政権を打倒、カストロが首相に就任。中ソ(当時)の間で意見対立が表面化。シンガポールの独立などもー。社会的には皇太子さまの結婚パレードが注目され、テレビ中継されたことで、テレビ受信契約が急増。マイカー時代の幕明けとされ、三井三池争議の始まり、伊勢湾台風(明治以降最大規模)で死者5,000人を超す大規模な自然災害に見舞われ、文化・芸術の部門ではレコード大賞が創設されるなど話題は豊富だった。

そうした中、戦後すぐの昭和22年4月に公布された労働基準法には、労働者保護法制の基本的な柱とされる最低賃金制が明記されたが、その実現までには、幾多の難問が立ちはだかり、難産だったとされる。最賃法が成立したのは、労働基準法成立から12年後の昭和34年。筆者が旧労働省記者クラブに在籍して2年目の出来事である。東京都千代田区代官町にあった労働省旧庁舎別館の労働基準局賃金課へ、皇居お堀端の竹橋を渡り、同法案の成立に向けた最終段階の動きを報道すべく取材に日参したものだ。

その最賃法成立への歩みをざっとみると、労働組合側からの問題提起が思い起こされる。旧同盟の前身である友愛会が大正8年(1919年)の大会で、最低賃金を8時間労働制と並行して運動の柱として掲げたのが始まりとされる。戦後は、友愛会や昭和25年に誕生した旧総評など労働団体が最賃制度の確立を主要な運動方針に掲げ、総評は全国一律8,000円の最低賃金を求める最低賃金法要綱を発表、話題を広げるとともに政治問題としても注目を集めた。そうした中、中央最低賃金審議会は昭和27年に最低賃金制を設定すべき対象業種を選出、具体化への歩みをみせたが、労使の意見対立などもあり、実現せず、その後、静岡県缶詰協会が女子缶詰調理工の初任給や年齢別、経験年数別の標準賃金を協定、最賃への先駆けをつくり、注目され、旧労働省の事務次官通達で、業者間協定による最賃の普及がみられた。一方、最賃法は、国会に提出されるも与野党対立で審議が難航、2度にわたる流産の末、同34年4月成立をみた。

いま、最賃額は時給表示だが、過去、地方の最賃審議会での審議では、最賃額を1円、2円引き上げることをめぐり、労使は激突、深夜、徹夜交渉に及ぶ審議が展開されたものだ。それが、昨今の最賃額引上げでは、令和5年度の41円増(実質43円増)は、最賃額改定の歴史の中で、最高額だが、それを上回る結果がみられ、時代の変遷に驚かされる。令和4年度は31円増、同3年度は28円増で、この3年間で100円増(実質102円増、令和2年度全国平均902円が令和5年度1,002円に、実質1,004円に)したことになる。

最賃額の高まりが目立つ昨今だが、平成19年度(687円)から今日まで(コロナ禍に翻弄された令和2年度の1円増と平成23年度の7円増を除き)この17年間、10円増から41円増など二ケタ台の最賃額引上げが実現している。
平成19年度14円増の687円、同20年度16円増の703円、同21年度10円増の713円、同22年度17円増の730円、同23年度7円増の737円、同24年度12円増の749円、同25年度15円増の764円、同26年度16円増の780円、同27年度18円増の798円、同28年度初の20円台の25円増の823円、同29年度25円増の848円、同30年度26円増の874円、令和元年度27円増の901円、同2年度1円増の902円、同3年度28円増の930円、同4年度31円増の961円という経過をたどってきた。

最賃の時給700円台が実現したのが平成20年度で、前年の687円から16円増の703円。700円台が8年続き、それから800円台は、同28年度で、前年の798円から25円増の823円に。800円台は3年続き、令和の時代を迎えて令和元年度に、前年の874円から27円増の901円に。900円台は4年続き、令和5年の今年、前年の961円から41円(実質43円)という過去最大の引き上げとなり、1,002円(実質1,004円)という初の4ケタ台に乗せた。

令和5年度の最賃額引上げの目安が1,002円となったことに労働側の連合は、事務局長談話を発表、「公労使が議論を尽くした結果として受け止める」とし、「2023春闘の成果を未組織の労働者へと波及させ、社会全体の賃金底上げつながり得る点は、評価できる」と述べている。
一方、経営側は、多くの中小企業を抱える日本商工会議所の小林健会頭がコメントを発表、その中で、「令和5年度の地域別最低賃金の目安が示され、全国加重平均では41円、4.3%と過去最大の引き上げとなった。公労使で3要素をもとに議論を尽くした結果、30年ぶりと言われる物価と賃金の大幅な上昇を反映したものと受け止めている。支払い能力の面では、原材料費やエネルギー価格の高騰により厳しい状況にある中小企業も多く、今回の最低賃金引き上げ分も含め、労務費の価格転嫁の一層の推進が極めて重要である。政府には、中小企業の自発的かつ持続的な賃上げの実現に向け、価格転嫁の商習慣化に向けた取り組みと企業の生産性向上の支援をより強力に進められたい」とした。

令和5年度の最低賃金額引上げを巡っては、岸田首相が逸早く「1,000円台達成」に言及。経済界も最賃1,000円は既定路線と受け止め、労働側も時給800円台解消」(岩手県改定後893円)を要求、47円増の900円台を求めたが、全国加重平均で1,000円台を確保できたことから有識者の見解を了としている。ただ、連合の事務局長見解では、「だれもが時給1,000円を早期に実現し、今後のあるべき水準の議論」を呼び掛けている。

このように、日本の最賃額は、数年を経て大台を実現してきたが、国際的に見ると、まだ低位にあることを改めて見直したいと思う。
隣国、韓国の最低賃金は、来年の2024年に9860ウオンになることが公表された。日本円にして1,085円だ。東京の8月、9月段階の最賃額は1,072円。日本で一番高い最賃よりも韓国の最賃が上回っている姿が読み取れる。10月に目安通り改定されて東京は1,113円でようやく上回れる。
OECDの2023年雇用見通しでは、日本の最賃の伸び率はOECD平均の3分の1とか。
そのOECD の数年前(2016年度)公表の世界各国の最低賃金では、日本は第12位だ。高いのはオーストラリアの1,456円、次いで2位がルクセンブルグで1,355円、3位がフランスの1,198円、4位がニュージーランドの1,176円、5位がイギリスで1,154円。当時の日本の最賃額は750円。オーストライアのほぼ半額。オセアニアやEU諸国に比べると日本の最低賃金の低さが目立つ。
最新の情報では、オーストラリアが、この7月から23.23ドル(日本円にして2,166円程度と2,000円台)に引き上げ、ニュージーランドも2023年4月から22.7NZドル(日本円にして1,955円程度)に、EUでは11.27ユーロ(日本円にして1,785円程度)で、国際的にみて日本の最低賃金は、1,004円へと高まるも、まだ帝位にあるのが現実だ。
昨今の新聞折り込み求人広告チラシに目をやると、人手不足を反映してか、時給1,100円~1,250円とか1,320円、時に深夜作業に及ぶ場合、1,500円台で人材募集する、介護関連や建設で資格保持者の場合、1,700円から2,000円台のアルバイト賃金を提示するチラシもみられ、やがて時給1,200円から1,300円、1,500円時代がやってくることを想定した事業計画、人材募集が求められそうだ。