インフォメーション

労働あ・ら・かると

働くことー労働の原点(思想)を、労使は共有したい “人間の尊厳”、“労働は商品ではない”、“ディーセントワーク”が3理念

労働評論家・産経新聞元論説委員・日本労働ペンクラブ元代表 飯田 康夫

令和5年4月も中旬。新入社員も職場の雰囲気に慣れてきたころだろう。期待と不安を胸に新たな社会人1年生としてスタートを切り、会社によって違いはあるが、数日の新入社員研修から3カ月~半年もかけて新人教育を受ける人など様々だ。中には、入社2週間を経て、早くも先輩に連れられ、第一線に躍り出た人もおれば、まだまだ研修中の人もいよう。希望して入社した会社に定年までしっかり働き、頑張ろうと学校生活時代思い浮かべていた働く意欲、働くことにきらきら輝いていることだろう。
だが、いつしか希望して就職した会社に魅力を感じるものの、初めて出会う先輩や上司らとの人間関係に、いま一つ、しっくりいかない心のわだかまりを感じ、落ち着かない場面に直面、当惑する姿も見え隠れする。転職当たり前の時代とあって、さぁ、いつまで働くか、いつか転職のチャンスをと考える人も中にはいよう。

若者たちから問われるものの中に、「会社の事業内容には興味があるが、与えられた職種に、こんな仕事は、俺には向いていない、適職ではない、天職とも思えない」という声が漏れてくる。果たして、適職とか、天職が、前もって社員一人ひとりに準備されているのだろうか。そのようなことはあり得ない。簡単に、「こんな仕事が自分の適職だと思わない」といえるほどの知識も能力も未熟な若者たちには、どうも考え違いがあるようだ。新入社員に限らず、社員の誰に対しても、事前に適職が準備されているものではないのだ。長年にわたって働き続け、その間、喜怒哀楽を実感しながら、20年、30年、40年と勤めあげた結果、“あぁ、これが己の適職だったのだ”、“いま思い起こすとこれが己の天職だったと言えるのだ”という先輩諸氏の汗水流して体験してきた結論を受け止めることが必要だ。

そこで働く上で、労使にとって重要な理念ともいえる言葉を3点紹介したい。言葉は思想だと言われる。2023春闘では、物価を上回る賃上げを巡って労使は熱い論議を交わし、ベアの実施など賃上げ成果は、2022年度の物価上昇率を上回ったようだ。それだけに労使交渉の行方に注目が集まったが、労使の話し合いは、何も春闘時だけではない。年間を通して常時、展開される。ここでは熱い心を持った人間を扱う人事・労務・労働運動などの当事者である労使に共有してほしい3つの理念を記述する。労使は、その真髄をしっかり身につけ、話し合いの場では常にこの理念を根底において協議すれば自ずと結論も見えてこようというものだ。労使それぞれに自戒を込めて読み込んでほしいものである。

「働く」という言葉を分解すると、人が動くと書く。大きな机を貰い、豪華な椅子に座ってふんぞり返り、人を呼びつけ,指示するだけでは、働いているとは言えない。まして、いまだに存在する傲慢な経営者になると、「俺の会社だ」、「俺の言うことを聞いていればいいのだ」、「文句をいうな」など人をモノ扱い、あるいはそれ以下に、時に平然と人格を否定するような対応をするトップの姿を目にすることがある。
人間を扱う労働の原点・理念として、第一に挙げたいのが「人間の尊厳」だ。そのことを最優先課題として取り上げたい。人間の尊厳を蔑ろにするよう姿勢―それが、パワハラ、セクハラなどのハラスメントを職場にまき散らすようでは、「人間の尊厳」を重視した経営とは言えないからだ。人格を否定するような姿勢は、厳しく戒めたい。

第二に、挙げたいのが、ILOフィラデルフィル宣言だ。そこには3つ宣言文が読み取れる。そのトップを占めるのが、「労働は商品ではない」という理念である。昨今の上司とパートタイマーのやり取りをみていて、取り扱う商品を大事に扱うのは当然として、そこに働く人を商品以下のごとく扱う、言葉遣いも悪く、パートの心を傷つけるような表現に、これでは人は、上司の言葉に心を痛め、指示に従いたくない気持ちを醸成するばかりであろうと推測したものだ。
「労働は商品ではない」という理念。そこには個々人、熱い志があり、血が通った生身の人間として扱ってほしいという願望がある。続いて、この宣言の2番目には「表現及び結社の自由は、不断の進歩のために欠くことができない」と記され、3番目には「一部の貧困は、全体の繁栄にとって危険である。全ての人間は、人種、信条又は性にかかわりなく、自由及び尊厳並びに経済保障及び機会均等の条約において物質的福祉及び精神的発展を追求する権利をもつ」と記載されている。

そして三番目に挙げたいのが、「ディーセントワーク」という理念だ。いま、この理念は地球規模で広がりをみせ、日本語では「働きがいのある 人間らしい仕事」と訳され職場内で共感を得ている。
「ディーセント」とは、「適正」、「良識にかなった」、「まともな」と訳され、収入や社会保障が与えられ、充実した日常生活が送れるように配慮することを意味している。
2023春闘では、大手企業では要求に対し、満額回答という実績がマスメデイアに大きく報道され、非正規社員層も正社員並み。あるいはそれをやや上回る賃上げが一部で実現している。しかし、すべての労働者に波及するまでには至っていないのが実態だ。中には,今秋の最低賃金改定まで、何とか我慢してほしいという経営側からの願いの声が漏れ聞こえてくる昨今ではある。

人間の尊厳、労働は商品ではない、ディーセントワークの3つの労働を扱う共有理念・言葉の重みをじっくりかみしめてほしいと願う。

同時に、3月20日に初会合を開いた第1回「新しい働き方に関する研究会」の議論とその行方に注目したい。その中で、企業の意識改革、人材活用の変容、デジタル技術を活用した働く人の保護など注目したいテーマがこれから俎上に上がってくるが、これらも上記にみた3つの理念をバックに熱い議論を期待したい。私見だが、働き方というより、働き甲斐の議論など働く側の立場と同時に、反面教師として、年休の完全取得、休日出勤の縮減、残業時間の大幅な削減など休み方改革の議論にも目を向けてほしいと願う。