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2023春闘 労使交渉本格化 果たして物価水準を上回れるか~多くの調査・研究機関の賃上げ見通しから見えてくる相場は2%台後半~

労働評論家・産経新聞元論説委員・日本労働ペンクラブ元代表 飯田 康夫

2023年(令和5年)も前年から引き続いて、庶民の懐を直撃し、家計を圧迫する物価上昇の歩みが留まるところを知らない。日常生活に必要不可欠な食品をはじめ、身の回りの商品価格の相次ぐ値上げで、2月だけでも食品で約4,300品目(帝国データバンク調べ)を数える。加えて今春から電力やガスなどエネルギー価格の大幅な料金改定が予定され、家計に追い打ちをかける。収入は増えないが、日常の生活に欠かせない商品やエネルギー価格の高騰に、庶民は難儀し、支出防衛のための節約志向が高まり、内需拡大で経済の好循環を期待できる雰囲気ではないという嘆き節が聞こえてくる。

そうした物価高騰を背景に2023春闘は、物価問題を中心に労使がどのようなスタンスで臨むのかに注目が集まる。労使交渉は、先週の2月15日あたりから本格化し、連合サイドでは「物価上昇率を上回る実質賃金を確保し、経済を回していくことが2023春闘で求められている」とし、過去の春闘の延長線上でなく、新たなターニングポイントとして捉え、“物価上昇分を取りに行く”との姿勢を鮮明に打ち出している。

攻める労働側の連合は、5%程度の賃上げ(定昇2%にベア3%程度)を掲げ、主要産別の中で、基幹労連傘下の重工労組(7社)が先陣を切って2月10日、経営側に要求書を提出。物価高騰を踏まえ、基本給を底上げするベアに相当する賃金改善分として前年の4倍となる「月額1万4,000円」を求め、労使交渉に入った。1993年当時の1万5,000円要求以来、30年ぶりの高さだ。円安で業績は好調、期待が膨らむ。

重工労組に続いて2月15日、自動車大手の労組(自動車総連)が賃上げ要求書を経営側に提出。物価高を受けて過去最高水準となる高額要求だ。春闘相場づくりの牽引役として注目されるトヨタ自動車労組は1人当たり平均賃上げ額について過去20年で最高水準(事務・指導職で月額9,370円)を求め、ホンダ労組も30年ぶりとなる定昇にベア含めて1万9,000円。日産労組は1万2,000円。スズキ労組は1万2,200円、スバル労組は1万200円、マツダ労組は1万3,000円、三菱自動車労組は1万3,000円だ。

春闘相場づくりの役割を担う電機連合大手労組は2月16日、歴史的な物価高を背景に基本給を底上げするベアに相当する賃金改善分として前年(3,000円)の2倍超となる7,000円を揃って要求。25年ぶりの高水準だ。

受けて立つ経営側も人材投資や社員・組合員の生活を守るためと題し、経団連が去る1月17日、経営側の春闘指針となる「経営労働政策特別委員会報告(経労委報告)を公表。その内容は、①労使交渉では、物価動向を重視する、②連合の5%要求は過去の実績と大きく乖離、慎重に検討する、③企業の社会的責務として賃上げの勢いを維持・強化する、④物価上昇を契機にデフレマインドを払拭する、⑤賃金と物価が適切に上昇する好循環の形成を目指す、⑥人への投資を通じて賃上げ機運を醸成する、⑦中小企業の賃上げなど処遇改善が不可欠だなど。

その後1月23日、労使トップ会談が開かれ、2023春闘が実質的にスタート。労使はベアを含む賃上げの必要性で合意をみたものの、賃上げ幅では、はっきりと隔たりをみせた。ここに2023春闘での労使交渉で、物価動向と賃上げ額・率をどう判断するか、分かれ目となりそうだ。
春闘は、労使がどういった内容を盛り込んだ「春闘」方針を決めるかに始まり、しっかりそれぞれの主張を舞台に乗せ、討議する「春討」を経て、後世に自負できる内容の「春答」回答書ができるか否かにあるといえる。
3月15日を中心とする集中回答日の答案を見守りたいものだ。

ところで、2023春闘は例年になくマスメデイアに数多く登場、物価高と賃上げの行方に注目が集まっている。すでに連合が求める5%要求を上回るベア実施など話題は多い。例えばユニクロを展開するファーストリテイリングは、従業員の年収を最大で約4割アップすると公表、ADCは組合員平均で6%賃上げを検討、アイリスオーヤマはベア4年連続実施で今年は平均3.5%、ハウステンボスはグループ契約社員平均6%実現へ、イオンは約40万人とされるパート従業員時給を平均7%引き上げなど枚挙にいとまがない。

その一方で、賃上げは不可能だという中小企業やパートなどの厳しい現実の声も聞こえてくる。では、一体2023春闘はどのような数字となって表れてくるのだろうか。
学識経験者や研究者、評論家あるいは労組三役などを対象とした調査研究機関がアンケートなどで予測した相場を眺めてみると、いずれも2.5%から3%弱と通年でみた2022年の物価動向(2022年通年では2.3%)を上回る。ただ昨今の物価上昇率3%台後半から4%という数値からみると物価高を上回ることは不可のような様相が見えてくる。
民間の調査研究機関が公表している2023春闘予測をみると
物価動向や働く者の期待感、人への投資の重要性、岸田首相の経営側への賃上げ要請、国際情勢などからみて、どのように判断しているのか。
日本経済研究センターの予測では平均2.85%、第一生命経済研究所は2.70%、みずほリサーチ&テクノロジーズは2.59%など。東京商工リサーチの調査では5%以上の賃上げは4.2%程度の企業で実施されるとみる。
労使及び専門家439人の賃上げ見通しをアンケート調査した労務行政研究所の結果は、定昇込み2.75%、8,590円。これは1998年以来の25年ぶりの高水準となる予測だ。ここで注目したいのは、賃上げ率で労使共に「3.0%~3.1%」とみる労使がもっとも多く(労働側22.7%、経営側23.8%)、労使別でみると、労働側は8,532円、2.74%、経営側は8,601円、2.75%となり、いずれも経営側が労働側を僅かに上回っている回答をどうみればいいのだろうか。経営側の積極姿勢に、労働側がやや弱気なのだろうか。3月15日の集中回答を注視したい。2023春闘は5%超の勝ち組、世間相場並み組、そして2%以下の組と3極に分かれる賃上げが現出しそうだ。そして202年の通年物価高は上回れそうにみえる。