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2023年春闘5%賃上げ実現へ 吉と出るかそれとも・・

労働評論家・産経新聞元論説委員・日本労働ペンクラブ元代表 飯田 康夫

庶民の懐を直撃する身近な商品や食料品が軒並み値上がり、そこへ電力やガスなどエネルギー関連料金の大幅な引き上げが追い打ちをかけ、庶民生活は厳しい環境におかれている。そうした中、2023春闘へ向け、早くも連合が打ち出す5%賃上げ要求に、使用者側の経団連・十倉雅和会長が「(5%賃上げに)驚きはない」と、これまで頑なに「連合の要求は現実を直視していない」など、強い反発の声が聞かれてきたが、物価が異常に高騰し、働く者の懐具合を考慮し、処遇改善に向け「物価動向に応じるのが基本的なスタンスだ」とし、「持続的なモメンタム(勢い)だ」、「基本給を一律に引き上げるベースアップ(ベア)を中心に、経営者側に積極的に賃上げを呼び掛ける」考え方を11月7日の記者会見で明かした。

同じ日、西村経済産業相は経団連の十倉会長らと会談、「所得向上、経済の好循環をつくるため大胆な判断を期待したい」と前置きし、「2023春闘での積極的な賃上げ」を要請。「賃上げが中小企業にも波及するよう、賃上げ原資の確保のため、大企業と中小企業の取引適正化の実現も必要だ」と念を押した。

連合は12月1日に開く中央委員会で、2023春闘に向け定昇2%に、ベア3%を加えた5%の春闘方針を正式に決める。そこでは、基本スタンスとして「未来づくり春闘」を目指すとし、物価上昇分を上回る賃上げを実現し、希望の見える春闘へ歩み出すとの考え方を明かす。これまで7年連続で4%程度の賃上げを求めてきたが、物価高騰による家計負担を考慮し、ベア1%分を上乗せする形となった。

この4%賃上げ要求も、問題は、真剣そのものの労使交渉を重ねるものの、妥結率(いわうる4%に対する獲得率)でみると、この7年間、1.86%(令和3年)から2.26%(平成30年)という賃上げで、辛うじて2%強程度。要求に対する獲得率は5割をやや上回る程度で手を打ってきた。2022年の場合、妥結率は2.2%。当時のマスコミ報道で要求する側の労組の見解として、「労使の社会的な役割を一定程度果たすことができた」、「中小が大手の獲得額を上回るのは6年連続だ」、「中長期的な視点をもって“人への投資”と月例賃金にこだわり、働きの価値に見合った賃金水準を意識して粘り強く交渉した結果であり、労組が社会を動かしていく牽引力としての役割を果たしていくことができた」などと評価する。だが、現実は厳しいものがある。2022年4月以降、消費者物価は急騰し、2.2%の賃上げ実績も実質賃金でみると、9月までの6カ月間、いずれもマイナス。労使にとって大きな衝撃となっている。

2023春闘は、この物価高をどう見ていくのか。重い課題が圧し掛かる。11月も食品の値上げが相次いでいる。ウクライナ危機や円安の影響で乳牛の餌となる飼料が高騰し、生乳の取引価格が上がり、大手乳業各社は牛乳やヨーグルトなど製品を一斉に値上げした。庶民が購入する頻度の高い品目の値上げは物価高をより実感させるものだ。スナック菓子類も11月から軒並み値上げだ。

帝国データバンクによると、今年値上げされる商品の累計は、2万品目を超えるという。このうち、ほぼ3分の1に当たる6,699品目が10月に値上がりしており、消費者心理として物価へのダメージが大きいことが分かる。値上げの波は、11月以降も外食産業が値上げに踏み切る。値上げ動機として、いずれも原材料の高騰と急激な円安の進行を挙げる。

2023春闘を前に、まだ物価は高騰を続けるであろうという専門家の声を聞くと、政府による総合経済対策などの政策効果が、物価上昇の悪影響をどこまで緩和することができるか、期待はあるが、収入面での伸びが力強さに欠け、個々人の消費に暗い影を落とす。
課題は、物価上昇のペースに賃金の伸びが追い付いていない現実。連合は、定昇2%に、ベア3%の計5%賃上げ要求だが、物価上昇が3%台という今日、実質賃金がプラスになるという見通しは立たない。2023春闘で、多くの企業は2%から4%という観測もある。

経団連は、こうした物価高騰の中、基本給を一律に引き上げるベアを中心に積極的な賃上げを会員企業に呼び掛ける姿勢を明らかにしている。物価高騰で目減りする実質賃金の底上げこそが景気の回復につながるというものだ。例年新春1月中旬には、経営側の春闘取り組みの指針となる「経営労働政策特別委員会報告」(経労委報告)が発表され、これを受けて労使トップ会談が新春1月末に開かれ、2023春闘が本格的にスタートすることになる。

重要なのは、労使交渉に当たっては、それぞれの方針をしっかり討議し(春討)、互いに理解を深め、今日置かれている現実を直視、明日を見通す中で、いま何が求められているのか、しっかり意見を闘わせ(春闘)、将来に向けて自信をもった答―労使合作の答案(春答)を期待するばかりである。
5%賃上げ要求も、妥結率が5割程度―ということは2.5%程度で結着し、一定の前進をみせ、成果だなどという文言で、事を処理する姿勢としては弱腰にみえる。労組は要求する以上、満額獲得をとことん追及すべきだし、経営側には、人への投資の重要性、物価高騰に翻弄される勤労者に、最低でも物価上昇に見合うベアを実現し、経済の好循環につなげる強いメッセージを期待したいものだ。

果たして、5%賃上げ要求が回答段階で吉とでるか、将来展望が不透明感を増す中で、賃上げ2.5%程度から3%台の春答回答書となって、労使合意という結着では、吉とは言えず、凶とまでは言わないまでも、労使は責任を果たしたといえるのか。まさに正念場である。