インフォメーション

労働あ・ら・かると

快適で健康的な職場づくりは、ハラスメントの撲滅から

労働評論家・産経新聞元論説委員・日本労働ペンクラブ元代表 飯田 康夫

 

私たちは、いま洪水のような情報社会の中で日常生活を営んでいる。その情報に触れることで良し悪しはあるものの一つの安心感が生まれる。仮に情報が一切遮断された社会では、いま世間で何が起きているのか皆目見当がつかない。そこには、不安が付きまとう。同様に、一方的な情報社会では、反論・批判など一切受け付けず、すべてがイエスマンを強いられる。一党独裁社会がその典型だ。私たちは“多様な意見・異見”の存在を認め合い、互いに熱い論戦を交わすことこそが自由で民主主義社会の基本であることを学んできた。

多様な意見・異見が交じり合うマスメディアが発する情報社会の存在は貴重だが、昨今、SNSなどネット情報が氾濫、そこには玉石混交の情報が入り交じり、人心を惑わす情報が氾濫。それらの中から何が正確な情報なのか、何が悪質な情報かをバランス感覚を持ち、冷静な態度で読み解く能力が求められている。新聞の活字は魔力であるともいわれる。活字が伝える情報は、正しいことを報道していると信じたい。だが、中には疑問符がつく不確かな情報の発信が、庶民の心を惑わし、不信感に突き落とされることもあろう。

マスコミの社会に60有余年在籍し、多様な意見・異見を認め合うことの重要さを学び、バランス感覚を磨き、先輩から学んだ“鳥の目、虫の自”―いわゆる大局観と身近な小さな動向にも目をやること、国際感覚を養い、常識、良識、見識を持って情報発信をしていくことの大切さを、自戒を込めて、冒頭に触れさせてもらった。お許し頂きたい。

表題とは別次元の記述になり、失礼の段、お詫びする。と同時に多様な見解を中心に、情報が発信され、その中から価値ある意見、異見をしっかり見極め、活用頂きたく思う。感謝。

ところで、昨今の新聞紙面には、国権の長である衆院議長のセクハラ疑惑、良識あるはずの参議院議員に始まり、政・官・経済界のトップ層のセクハラ行為、パワハラ疑惑の報道を見聞するにつけ、忌まわしい、人間の尊厳を蔑ろにするハラスメントが巷に蔓延っている現実にやりきれなさを感じる。それらが快適で、健康な職場づくりを目指して励む働く現場に広がっているようでは、やりきれない。今年も12月には「ハラスメント防止月間」が展開されるであろうが、わざわざ月間を設けなければならない今日のハラスメントのはびこりぶりを政労使のトップをはじめ、中間管理者層、労組幹部らは、深く反省し、多様なハラスメントを一層する覚悟を求めたい。ハラスメントが職場に蔓延っているようでは、人手不足の今日、良き人財を失い、企業の発展も阻害され、生産性向上もあり得ない。

会社には、財務上の健康経営が求められる。同時に、そこに働く人もまた快適で、明るい健康職場の下、伸び伸びとやり甲斐を感じながら働ける場が必要だ。だが目に入ってくるニュース報道から気になることとして人権や人間の尊厳が蔑ろにされ、時に人間否定という現実にさらされる現場を見聞すると、職場が病んでいるとしか考えられない現実の姿に接することが多い。

中には、いじめ、嫌がらせにあって精神障害を発症、自ら命を絶つという痛ましい事件につながるケースもままみられる。これでは働き方改革も絵にかいた餅に過ぎない。いま求められる生産性向上とか、社員のモラルアップも実現しようがない。当然、企業経営上も大きな損失につながるだけだ。

2022年4月1日から、中小企業も含め「職場におけるパワーハラスメント対策が事業主の義務」とされ、半年が経過する。果たして職場で、いじめ・嫌がらせが姿を消し、快適職場づくりがじわじわと前進しているのだろうか。義務化がどこまで浸透しているのか。

ハラスメントの中でも、話題を巻き起こしている、このパワハラの現状は、どうなっているのか。どのようなパワハラ行為がまかり通っているのか。連合の「なんでも労働相談ホットライン」を覗くと、今年に入って1月から8月までの相談件数の中で、パワハラ・嫌がらせ相談が、物価高での賃金・家計問題や労働時間、あるいは雇用契約・解雇・退職強要といった課題よりも比率は高く、常にトップを占めている。厚労省の総合労働相談コーナー(各都道府県労働局)に飛び込んでくる124万2,579件(令和3年度)の相談のうち、民事上の個別労働紛争の相談件数で、いじめや嫌がらせの件数は8万6,034件と飛び抜けて多いなど、パワハラ事案がいかに多くの職場に蠢いているかが分かろうというものだ。

では、どのようなパワハラ行為が蔓延っているのか。いくつかの行為が挙げられるが、主なケースとしては、①暴行・傷害などの身体的な攻撃、②脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言などの精神的な攻撃、③隔離・仲間外し・無視などの人間関係からの切り離し、④業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害など過大な要求、⑤業務上合理性がなく、能力や経験とかけ離れた低い仕事を命じる、仕事そのものを与えないなど過小な要求、⑥私的なことに過度に立ち入るなど個の侵害が指摘される。

上記のいじめ・嫌がらせ行為の発生割合を厚労省のデータからみると、次のようだ。
もっとも目立つパワハラ行為は「精神的な攻撃」で54.9%、次いで「過大な要求」が29.9%、「人間関係からの切り離し」が24.8%。「個の侵害」が22.3%、「過小な要求」が19.8%、「身体的な攻撃」が6.1%という分布をみせる。

その多くは、職務上の地位や人間関係などで優位な立場をバックに、相手側の心身に苦痛を与えるなど社会的常識を大きく逸脱した陰湿ないじめ・嫌がらせだ。

小生が過去、務めてきた労働保険審査会委員として関わったパワハラ事案など具体的なケースを何点か紹介し、パワハラという名の妖怪が如何に蠢いているかを知ってほしい。そしてどう防止策を組み立てるかを考えたい。
その1.店長のAさんは月100時間を超える恒常的な超長時間労働に加え、新店舗オープンがAさんの双肩にのしかかり、厳しいノルマが強制され、上司や役員らから感情的ないじめ・嫌がらせ・叱責が繰り返され、心身の疲労から精神障害を発症、自殺に追い込まれた。
その2.経理事務職のBさんは、経営幹部から言葉汚く、誹謗・中傷、叱責、時に卑猥な言辞など嫌がらせを受け、うつ病を発症。
その3.新入社員のCさんは、入社1か月目頃から「仕事の覚えが悪い」などを理由に先輩から日常的に叱責、叩く、小突く、拳で殴るなどの暴行を受け、指導の範疇を超えた暴力行為が日常茶飯事繰り返され、先輩らは刑事事件として傷害罪の判決を受けるほど。
その4.販売担当のDさんは、上司よりも高い売り上げ目標を課され、達成が困難になると、上司から叱責や嫌み、時に顧客の前でも厳しく叱責されつづけ、上司に恐怖心を抱き。ある日、自宅で縊死した。
取り上げれば切りがない。これらから見えてくるのは職場が病んでいるとしかいいようのない現実。果たしてこれで職場の業務がスムースに運営されていけるのだろうか。
いじめ・嫌がらせ、パワハラをなくすには、経営トップ自ら範を示すこと。社長がハラスメントに関わるなど論外だ。加えてパワハラ撲滅に向けた熱いメッセージを発信し、パワハラは許されない行為であることを職場の隅々まで行きわたらせるべきだ。
上に立つものには、人を育てる責務がある。愛情をもって、教えを含んだ叱りは、相手に通じるはず。ただ、注意したいことがある。いじめ・嫌がらせなのか、仕事上の厳しい指導なのか、線引きが容易でないことだ。必要な指導を適正に行うことまで、ためらってはならないということ。快適職場をめざし、誰もがのびのびと仕事に取り組めるよう、経営サイドも労組幹部もパワハラ追放に向け、意識改革を求めたい。
人間の尊厳、労働の尊厳を優先し、他人の人格を大切にする姿勢が職場にみなぎることが、快適職場づくりの第一歩であろう。

元産経新聞編集委員、論説委員。労働保険審査会委員を経て、日本労働ペンクラブ元代表。労働ジャーナリスト歴65年。