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「強いられた同意は、真の同意ではない」ということ

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 この三月に成立した改正職業安定法(「雇用保険法等の一部を改正する法律」に含まれる)については、その大部分の条項について、その施行日は今年秋の10月1日とされており、過日6月10日に関連する政省令や告示が公表され、これから実際上の事業運営がどうなるかについての詳細が記載された「募集情報等提供事業の業務運営要領」や「募集・求人業務取扱要領」、「職業紹介事業の業務運営要領」の改訂版の公表が待たれています。

 改めて、ここに至るまでの、「労働市場における雇用仲介の在り方に関する研究会」や、「労働政策審議会」の資料に見直していると、「雇用仲介サービスが本人の同意を得て個人情報を利用する場合においても、どのように同意を得るべきかを明確にしていくことが適当である。」という記述が眼に留まります。

 約三年前に起きた「内定辞退率を予測するDMP(Data Management Platform)サービス」についての一連の報道や論評を見ると、「就活生からの充分な同意なく、cookieを利用して得た情報を顧客企業に販売していた。」ことを問題視する論調が当時多く見られました。そして、「では充分な同意があれば良かったのかというと、就職活動のインフラとも言える就活サイトの利用を開始する際に、cookieの利用や個人情報の様々な使用について『NO』という事は果たして現実的だろうか。」「『YES』と言わざるを得ない状況での同意は、果たして真正な同意と言えるのだろうか?」という指摘もいくつか目にしました。
 「意思表示」の有効性については、民法によって「強迫による意思表示は取り消すことができる」などの定めが以前からあるわけですが、求職者保護の観点からこれを一歩進める考え方なのでしょう。

 この「本人同意」を必要とする規定は、従来から職業安定法にありました。それは第5条の3の「求職者の個人情報の取扱い」の規定です。ここには求職者等の個人情報を収集・保管・使用にあたって、「その業務の目的の達成に必要な範囲内」に限定しており、規則・指針等でも厳しく慎重な取り扱いが求められています。
 しかし、その規定の但し書きには「ただし、本人の同意がある場合その他正当な事由がある場合は、この限りでない。」とされており、この但し書きを根拠に「前歴照会」を実施する求人者が実在することも事実です。
 しかし今回の考え方によれば、「この『前歴照会』を承諾しないと、再就職ができない。」と思う求職者は、いやいやながらでも、前歴承諾をしている事態もありうるわけで、今後どのような運用がなされていくのでしょうか。この「承諾」は状況によっては「強いられた承諾」ではないのでしょうか。
 求人者の立場からすれば、「採用の自由」を主張し、例えば前職で横領などの非違行為によって懲戒免職となった人材を採用したくないという気持ちであることを理解しないわけではありません。しかし前職でセクハラ被害に遭って退職した人材についての照会の場合、照会先がその当事者の上司であった場合に、恣意的に歪められた情報が提供されることは想定されないでしょうか。人材の能力・適性以外の差別要因となり得る事実が照会への回答に含まれ、不適切な採否判断につながることはないでしょうか。
 「採用の自由」と「職業選択の自由」が軋轢を生じた場合、やはり優先されるべきは基本的人権ではないでしょうか。見方を変えれば、基本的人権を尊重しない、あるいは鈍感な求人者は、適格な人材を確保することがますます難しくなっている時代ではないでしょうか。

 前述の6月10日に改訂が告示された指針では、新たに「第五 求職者等の個人情報の取扱いに関する事項(法第五条の五)/一 個人情報の収集、保管及び使用」に「㈥ 職業紹介事業者、求人者、労働者の募集を行う者、募集受託者、特定募集情報等提供事業者、労働者供給事業者及び労働者供給を受けようとする者は、法第五条の五第一項又は㈡、㈢若しくは㈤の求職者等本人の同意を得る際には、次に掲げるところによらなければならないこと。」という条項が記載され、そこには
「イ 同意を求める事項について、求職者等が適切な判断を行うことができるよう、可能な限り具体的かつ詳細に明示すること。
 ロ 業務の目的の達成に必要な範囲を超えて個人情報を収集し、保管し、又は使用することに対する同意を、職業紹介、労働者の募集、募集情報等提供又は労働者供給の条件としないこと。
 ハ 求職者等の自由な意思に基づき、本人により明確に表示された同意であること。」
と、定められています。
 冒頭で紹介した「労働市場における雇用仲介の在り方に関する研究会」報告書に記載された一文が、このように指針に具体化されたことに気づくと、「求職登録の際の職業紹介以外の(例えば社会行動解析のためのビッグデータ利用など)個人情報利用承諾」の話と、職業安定法の度重なる改正前からの「前歴照会は本人が了解すれば実施しても構わない。」という話は、どこかでつながっているように思ってしまいます。

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)