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労働あ・ら・かると

「中立的」って見る立場によって異なるのでは?~労働市場における雇用仲介の在り方に関する研究会報告書を読んで~

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 

  2017(平成29)年3月に改定された職業安定法には「政府は、この法律の施行後五年を目途として、この法律により改正された雇用保険法及び職業安定法の規定の施行の状況等を勘案し、当該規定に基づく規制の在り方について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする。」という附則がつけられています。
  これを受けて、鎌田耕一東洋大学名誉教授を座長とした、学識研究者7名の方々による「労働市場における雇用仲介の在り方に関する研究会」が今年一月から17回にわたって開催され、先々月に報告書がまとめられて公表されました。
  従前の同様の研究会と異なり、コロナ禍を理由として一般傍聴はできず、実際の論議の進行から大分遅れての公開議事録でのみ、審議の模様が垣間見えるか見えないかという状態でしたので、4年半前やそれ以前の法改正とは大きく異なり、広く国民に開かれた研究会運用がされなかったことは残念ですが、今後労働政策審議会でバランスの取れた審議が為されることを期待しているところです。
  具体的な職業安定法等の改定については、別途稿を改めてこの「労働あ・ら・かると」でも触れたいと思いますが、報告書の中で「業界団体の役割」について「引き続き、事業者に対する仕事を探す者のニーズや苦情に中立的な立場から対処する役割を担っていくことが適当である。」と、記載されたことに注目して今月は筆を進めたいと思います。

  報告書の中では、前述のように、求職者や人材の、人材紹介事業者に対する要望や苦情に対して業界団体は「中立的」であるべしと、求職者保護の視点を強く感じる表現になっているのですが、論議の中では必ずしも人材だけでなく、「『求人者からの苦情』にも中立的であるべし」と受け取れる発言も目につきます。
  10年の間、求人者・求職者の方々からの苦情を伺い、職業紹介業者からの相談に応じ(求人者からの無体な要求であったり、求職者からの執拗な苦情が背景にあったりすることが、相当数あります。)、その自発的な解決に寄り添い、紛争の防止・沈静化に向けての助言をし続けてきた筆者としては、この「中立的」という言葉の意味・受け取り方が立場によって異なる現実を前に、紛争当事者から「中立」と言われる状態を実現することが本当にできるのだろうか?と複雑な思いが湧いてきます。
  多くの紛争について対処解決を図る裁判所調停員の方から以前伺った話では、どの様な調停案も当事者双方になにがしかの妥協をお願いすることになるので、当事者からすれば司法の場であっても「中立的」に見えることは余りないのではないか、とおっしゃっていたことも思い出しました。

  そもそも「仲介業」である職業紹介事業において、紹介に成功しなかった場合(その方が多いのですが)、求人者も求職者も「何故内定したのに辞退するような人材を紹介したのか」「なぜ何回も面接した後に不採用になるのか」という不満が残り、その矛先が「人材紹介会社が人材を甘やかしすぎ」「人材紹介会社がひどい企業を紹介した」と、採用選考活動の直接の当事者の求人企業や応募人材に対する不満が、仲介者にも向けられることは往々にしてあります。
  もちろん仲介者の言葉足らずや誇張表現、職業安定法等に定められている紹介手続きが不十分であることに起因する求人者求職者からの不満もあるので、筆者としてはその場合、適切な紹介業務遂行を人材紹介会社に助言指導するわけです。
  しかし、苦情に真摯に向き合おうとする職業紹介会社に対して、中には雇用や採用選考に関する労働法のルールを無視して「君たちは役所でもないのに説教するのか」と自らの遵法欠如をさておいて居丈高になる求人者、自分の能力を紹介会社が正しく求人者に伝えないから自分の就職活動がうまくいかないと一方的に主張する求職者が存在することも事実です。そのような方たちにとっては、仲介の労をとった人材紹介会社が中立的に見えることはなく、ましてやその経緯を事業者団体に申告して、自らの主張を通したい求人者求職者からみて、その主張が通らなかった場合に事業者団体が「中立」と思えることなどはあり得ないと思ったりします。
   「中立」の意味を辞書で見てみると、「対立するどちらの側にも味方しないこと」とあります。職業紹介が実を結び、求人者求職者の間の雇用関係が成立した場面では「対立」という言葉は影が薄くなるでしょうから、やはり「中立的であるべし」という主張は、その原因がどこにあるにしろ、マッチングがうまく行かない時に出現しがちな話であることは忘れてはならないと思います。その解決は当事者による選考~採用・応募~就転職がうまくいかない理由の分析によってのみ、実現できるのではないでしょうか。

  もう一つの「中立」は、個々の紹介事業者と求職者、求人者との間の「対立」的場面で要請されることもあります。
  例えば、紹介人材の入社後、契約に明記されている職業紹介手数料を支払わない、あるいはあたかもモノを購入した時のように値切る求人者への対処の相談に対し、どのような助言をすれば、求人者・求職者から「中立的」なことになるのでしょうか。
  今回の研究会でも、求人企業側委員から「仲介業者さんのフィーが高い」という発言が議事録に記録されています。傍聴ができなかったので、何故そのように思われたのかを充分に知ることができないのですが、言葉だけを見ると「百貨店は高い、スーパーは安い」という往年の思い込みと同様に見えてしまいます。世論の中には「職業紹介手数料は高すぎるので、法律で上限を規制すべし。」と、筆者から見れば前近代的な声も聞こえないではありません。そのような主張をされる求人企業の方々には、自らが提供するモノやサービスが「高い!」と言われたときを想像し、価格規制が実施されたらどうされるのかも伺いたいと思います。採算が合わなければそのビジネスから撤退することもあり得る想定をしてみれば、あまりに視野の狭い主張ではないでしょうか。
  なぜ、従来の事業者団体の苦情対処について、その中立性に疑念不安を覚えられたのか、厚生労働大臣に許可を受けた職業紹介手数料の範囲で定めた範囲内で、合意の上で契約した金額について「高い」とバッサリ思われたのか、機会があれば詳しく伺ってみたいと思っています。

  しかし一方、職業紹介事業者のみなさんにも、この論議を機にもう一度、何故人材紹介利用企業は職業紹介サービスの手数料が『高い』と受け止められるのか、国会ですら「濡れ手に粟のビジネス」と言われてしまうのか、ぜひ自己点検をしていただければと思います。
  モノ・サービスの値段に「価格に応じた価値」を感じることができれば、利用者購入者は、その価格に不満を感じることはなく支払っていただけるものではないでしょうか。特に手数料を支払う求人者にとって、その金額が、人材採用のサービスの内容に相応しいと思っていただければ、不満を感じられることは余りないでしょうから、きちんとした職業紹介の手順が実行できているかどうか、求人者の理解を得る努力に多忙やコロナ禍にかこつけた手抜きはないかについて、改めてチェックする良い機会を、この報告書は提供してくれたと考えられたらいかがかとも思います。

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)