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「就職お祝い金」の禁止と、規制対象ではないお祝い金

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 従来から指針によって「好ましくない」とされてきた、職業紹介事業者による自社経由で転就職した人材に対する「就職お祝い金」の提供(による求職登録の勧誘)が、この4月から「禁止(行ってはならない)」と変更になりました。
 
 職業紹介業界を俯瞰しなければならないこともある筆者の立場としては、従来からこの「お祝い金による求職者集め」には首をかしげてきましたから、その意味でこの改正に反対するものでは全くありません。
 特にここ十年位でしょうか、看護師さんの人材不足が際立ったことを背景に、A社が「当社経由で就転職に成功された方には、お祝い金として10万円差し上げます。」と広告すると、B社は「ウチは20万円」C社は30万円と、その過熱気味な状況が伝えられ、業界の収支構造の悪化につながるようにも見えることからも、小職としては否定的な見解を持ってきたわけなのです。
 ですから4年前の職業安定法改正の際に「お祝い金は好ましくない」と指針に掲載された時には、やや表現が中途半端な印象もありましたが、今回ははっきりしてむしろ歓迎すべきと思います。
 
 その後、嬉しい状況としては、筆者の勤務先の業界団体の中の医療分野の職業紹介を扱うグループの中で、自発的に「就転職お祝い金による人材勧誘は行わない。」との申し合わせが行われ、その内容が公表されたことです。
 従って、職業紹介事業者が求職登録を勧奨する際に「好ましくない」とされてきた「お祝い金」が、今般改めて「禁止」となっても、さしたる影響はないと考えています。
 
 しかし「禁止」となった4月1日以降も、よく連絡をとる求人者である介護施設やクリニックから「禁止されたはずなのに、まだお祝い金をうたった営業FAXが多数着信して迷惑」との声が寄せられています。
 よくよくお話を伺ったり、着信したFAX書面の提供を受けてよく見ると、これが職業紹介事業者の営業ではなく、Web求人広告の営業FAXなのです。
 未曽有のコロナ禍下、多忙を極めているクリニックや介護施設のみなさんが、迷惑に感じるのも当然だと思いますが、今回「禁止」されたものは「職業紹介事業者による求職登録の勧奨にあたってのお祝い金」ですので、広告代理業者(求人情報提供事業者)が、求人広告に掲載された求人者に就転職した人材に「お祝い金を差し上げます。」と銘打っても、「禁止はされていない」のです。
 求人者の採用担当の方々にとっては、職業紹介事業者経由にしろ、求人広告を掲載したサイト経由にしろ、ハローワーク経由にしろ、必要な人材を確保することが第一の目的なのですから、様々なチャンネルからの人材応募を促すことは当然ですから、「実は今回禁止されたのは職業紹介だけなのですよ。」という説明は、余り意味を持ちません。
 しかもIT技術の進歩によって、紙の時代には考えられなかったことですが、職業紹介と求人情報提供の区別はとてもつきにくくなっている現実があります。
 
 そもそも今回の「お祝い金禁止」施策は、求人者からの声というよりは、離職率の高い雇用主からの「職業紹介事業者のお祝い金が、看護師の職場定着を妨げ、無用な転職を煽っているのではないか。」という指摘・見解も、発端のひとつとなっていたと記憶しています。
 だとすると、今回実施された、許可事業であるが故に把握補足しやすい職業紹介事業のみを対象にした「お祝い金支給等金銭提供による求職者勧誘の禁止」という施策は、「木だけを見て森を見なかった」ということになってしまうのではないかと危惧します。「看護師の方々の職場定着」を実現する方策としては「お祝い金禁止」ではなく、雇用主の職場環境整備や、採用選考時の十分な候補者との意思疎通など、やらなければならないことは他にたくさんあると思います。もちろん職業紹介事業者は、人材を紹介する際の求人者求職者双方への適切な助言をはじめとした、職業紹介ならではの付加価値を磨き、なお一層その質を向上させなければならないことは、言うまでもありません。

 求人者が、成績優秀な学生に対して奨学金を支給して、卒業後一定期間支給企業に就職して勤務すればその返済を免除する「企業奨学金」という形態は以前からあり、求人者にとっての人材確保策であると同時に、学資を必要とする人材にとってもメリットを享受できる制度として、双方から歓迎されていると思います。もしこの奨学金制度を「あの求人者は札びらで人材を確保してずるい。」と批判する方がいらしたとすれば、経済的困窮の中で奨学金制度を利用する学生の方々からの反発を買うでしょうし、その視野狭窄ぶりは笑われてしまうでしょう。また、就職に当たっての引越し費用を援助することは、ハローワーク経由での雇用保険受給資格者に対する「移転費」支給制度がありますし、また求人者自身が「赴任費用をはじめとした支出の足しに」と支度金を用意する事例もあります。
 これらの施策は就転職する人材にとっては「ありがたい補助」だと思います。人材が就職転職する際の「もの入り」を軽減する施策が、ある場面で「札びらで人材を引き抜いている。」と見えてしまったことが、今回の「お祝い金禁止」施策の発端だとしたら、「看護師の方々の職場定着」を実現する方策とは縁遠いものだと言わざるを得ないでしょう。
 
 冒頭申し上げましたとおり、筆者としては今回の「お祝い金禁止」施策に反対するものではありませんが、職業紹介業界の方々からすれば、一方で全く規制の対象ではない他の人材サービス業界や、場合によっては雇用主自身による「お祝い金」手法が堂々とまかり通ってしまうことには、大きな不公平感が残り、日本の行政の動向に疑念を持たざるを得ない状況が生まれているように思えます。
 
 様々な社会の仕組みの矛盾や、三権分立の機能不全、将来の日本のあり方を見すえた政治の行われ方の姿が、「コロナストレス」で見えにくくなっていることを見逃さないよう眼を据えて、これからを過ごしたいと思います。
 
 (注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)