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鼻出しマスク事件に学ぶ懲戒処分のポイント

社会保険労務士 川越 雄一

 

先日の「大学入学共通テスト」において、試験中に鼻を覆わないマスクの着用をし続け、度重なる注意に従わず「失格」となった事件(以下「事件」といいます。)がありました。試験監督者の判断には賛否両論あるようですが、この事件には、会社が従業員に対して懲戒処分を行う際に押さえておくべきポイントがあります。それは、「ルールの明文化と周知」「ルールに則った手順を踏む」、そして「処分時の毅然(きぜん)とした対応」です。

 

 

1.ルールの明文化と周知

ルールは極力具体的に決めておき、そのルールを説明し周知しておくことが必要です。事件の受験生は極端なのでしょうが、今後は会社にそのような人が入社してくる可能性もあります。

 

  • 「受験上の注意」により周知

事件では、受験生が事前に見ておく必要のあった「受験上の注意」に、受験中は「常にマスクを正しく着用してください」「フェイスシールドまたはマウスシールドのみでは受験できません」と記載されていましたし、ホームページにも掲載されていたようです。また、「受験上の注意」は試験当日も持参を求められていました。

  • 労務では就業規則に記載し周知する

従業員に懲戒処分を行う場合は、就業規則に明文化しておくことが必要です。「受験上の注意」と同じく、できるだけ具体的に記載し周知しておきます。就業規則は雇用のルールブックですが、従業員に周知しておかないと効力がないといわれています。懲戒処分は制裁を科すことになるのでなおさらです。

  • ルールの内容が具体的でないと揚げ足を取られる

失格になった受験生は「これが自分の正しいマスクの着用だ」などと主張しているようです。今後はますます、このような屁(へ)理屈を平気で言う人が増えてくるのかもしれません。何かあって懲戒処分をしようにも「どこにそんな規定があるのですか」と、口をへの字に曲げて会社の落ち度を突いてくるのです。

 

 

2.ルールに則った手順を踏む

感情にまかせて、いきなり重い処分を科しますと否定されやすくなります。ですから、指導・注意を積み重ね、第三者から「仕方ないね」と思ってもらうことが必要です。

 

  • 6回にわたる注意と代替措置

事件では、試験監督者が失格となった受験者にマスクを鼻まで覆うように何度も注意したが従わず、6回目の注意時に「次は不正行為となる」と通告していました。また、感覚過敏などでマスクを長時間着用することが難しい場合は、事前に申告すれば別室での受験も認められるなど代替措置も設けられていたようです。

  • 懲戒処分は指導・注意を積み重ねる

従業員の中には「言っても言っても改善しない」という人もいるでしょう。「言っても言っても」ですから、6回はともかく最低3回くらいは指導・注意しておくことが必要です。もちろん、争いが起きた場合、3回が妥当かどうかは分かりませんが、指導・注意を積み重ね、かつ記録として残しておくことは重要です。

  • いきなりでは会社の処分を否定されやすい

会社の懲戒処分は、その程度により、譴責(けんせき)、減給、出勤停止、諭旨解雇、懲戒解雇のようなものがあります。もちろん、中には横領など一発で懲戒解雇というものもあるでしょうが、通常はそこまでに至りません。そうであるにもかかわらず、いきなり重い処分を科すと処分自体を否定されやすくなります。

 

 

3.処分時の毅然とした対応

会社の懲戒処分は、事件の失格処分と同じく従業員にとっては一大事ですから、あらかじめルールを周知しておき、要件を満たせば公平で毅然とした対応が必要です。

 

  • 不正行為として失格処分

事件では、6回にわたる注意など手順を踏むなどして最終的にやむを得ず失格処分にしています。いわゆるカンニングなどと同じく不正行為扱いです。失格となれば、今年の大学受験は難しくなることは容易に理解できます。受験者全体の安全を守りながら、試験を実施することを考えればやむを得ない処分かと思います。

  • 事実に基づき公平に対応する

会社は、服務規律や企業秩序を維持するための制度として、規律違反に対する制裁として懲戒処分を行います。その場合に、違反行為である事実に基づき公平に対応する必要があります。もちろん個別の事情を考慮する必要はありますが、誰が違反行為をしても同じような処分をすることが重要です。会社が裁判所になったつもりで行います。

  • 毅然としていないと誰も従わない

毅然というのは、意志が強く、物事に動ぜずしっかりしているさまのこと(広辞苑)ですが、懲戒処分を行う場合もこのような態度が必要です。そうでなく会社の態度がフラフラしていますと、社内が混乱しますし、処分に誰も従わなくなります。もちろん、処分に至る手順をキチンと踏むことは言うまでもありません。

 

今回の事件、報道で知り得た情報でしか判断できませんが、おそらく、試験監督者向けの厳格なマニュアルに基づき対応された結果でしょう。そうであれば、世間の多くは肯定的にとらえると思います。会社の懲戒処分にもそのような視点が求められる時代なのかもしれません。