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労働あ・ら・かると

労務の含み損は何もないときに償却しておこう

社会保険労務士 川越 雄一

 

年の瀬を控え、いろいろとやり残したことがないかと気になる時期になりました。労務においても、知らず知らずのうちに含み損的な負債を抱え込んでいるものです。そして、いったん事が起きてしまうと、会社の屋台骨を揺るがしかねないことになります。そうならないために、まずは自社の労務における含み損を把握し、何もないときから少しずつ償却しておくことが重要です。

 

1.抱え込みやすい3つの含み損

含み損とは会計用語で、時価が簿価よりも下回っているものの実際に売却するまでは損失は確定されず、基本的に会計帳簿には記載されない損失のことです。労務においても、知らず知らずのうちに含み損的な負債を抱え込んでいるものです。

  • 未払いの残業代

“未払い”などと人聞きの悪いことを、とも思いますが、意外に日常的にやっているものです。例えば、うちは残業代30時間ぶんで打ち切り、残業計算は基本給のみでやっている、課長にすれば残業代は払わなくて良い、この業界ではどこも払っていない、営業には歩合を出すから残業代は払わない、というようなケースです。

  • 危険極まる長時間労働

過労死ラインとされる80時間を超える残業をさせていると、脳・心臓疾患を引き起こした場合、過労による労災認定をされやすいとされています。仮に、毎日始業時刻1時間前に出勤し、終業時刻後1時間30分残っていれば、1日2.5時間、20日稼働で月に50時間になります。これに週2日ある休みのうち、1日を月4回出勤したら32時間、合計82時間になるのです。

  • 間違った我流の事務手続き

間違った我流手続きも、たまたまうまくいっていると、我流が本流だと勘違いしてしまいます。しかし、間違いは間違いであり、いずれはツケが回ります。特に労務に関する事務手続きは、従業員やその家族に関わることが多いのでなおさらです。例えば、試用期間中の社会保険・雇用保険未加入、社会保険料などの控除間違い、期限過ぎの手続きなどです。

 

2.いったん事が起きると

含み損は何もなければ実損は出ません。しかし、いったん事が起きると……。あれもこれもと、金銭的なことにとどまらず風評被害により会社の屋台骨を揺るがしかねないこにとなります。

  • 3年間さかのぼられる残業代

未払い残業代の時効は2020年4月から3年になっています。仮に月給20万円、月の所定労働時間が160時間、月に50時間残業をしていると、約7万8千円の残業代となり、3年間だと約280万円になります。さらに訴訟にでもなれば、同じ額の付加金まで請求されかねません。もちろん、これは一人ぶんです。

  • 遺族から「会社に殺された」呼ばわり

長時間労働で怖いのが「過労死」と「精神障害」の労災認定です。自宅で倒れても自殺でも労災認定される場合があります。

もちろん、労働時間だけで判断されるわけではありませんが、月80時間超えの残業があると、会社の立場はすこぶる悪くなってしまいます。ちょっとした交通事故・違反でも飲酒運転があると大ごとになるのと同じです。

  • 法律違反で従業員から見切られる

手続きの間違いというのは厳しくいえば法律違反です。法律違反がありますと、会社としてはなかなか反論できませんし、そのようなとき、世間は手のひらを反したように冷たいものです。もっと怖いのは、我流でいい加減な手続きをしていて従業員が不利益を受けた場合、真面目な従業員の信用を失い見切られることです。

 

3.だから少しずつ償却して身軽にしておく

すべてカネで片をつけることのできる会社は良いのですが、そうできない会社は、含み損を少しずつでも償却して身軽にしておきます。

  • 残業は払える範囲でさせる

いくら成果主義とはいえ、法律による賃金支払いは時間が軸です。ですから、所定労働時間を超える残業については、仕事をさせるかどうか事前に会社が判断します。黙認も含めて残業をさせたあとでは遅いのです。自分で払えるぶんしか買い物ができないのと同じです。また、賃金請求の時効は3年間であることも意識しておくことも必要です。

  • 月の残業時間は45時間以内を死守する

原則として月45時間以内を死守します。今はいろいろな従業員がいるとはいっても、「○時までには帰ってくれ」とトップがはっきり宣言すれば、それを無視して居残る人はそういないはずです。時間無制限で100の成果を上げさせるよりも、制限時間中に100の成果を上げさせるように仕向けることこそがトップの仕事です。

  • 手続きの間違いは今すぐ正す

まず「今までこれでやってきた」「他社だってこのようにやっている」を、いったんリセットすることが必要です。手続きの基準は法律ですから、それに基づいて処理するようにします。今までがどうであろうと、間違っていることは今すぐ正すことで、変な従業員は近づかなくなりますし、真面目な従業員が定着しやすくなります。

 

未払い残業代、長時間労働、間違った事務手続きというのは、含み損として蓄積され、いったん事が起きると大きなツケとして跳ね返ります。ですから、何もないときから少しずつでも償却し身軽にしておきたいものです。