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労働あ・ら・かると

職業紹介事業規制の変遷を振り返るーその1 事業所面積の規制

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 
 労働者派遣事業や職業紹介事業等の人材ビジネスは、厚生労働大臣による許可・届出制度の下にあることは、読者のみなさんは既によくご存知だと思います。
 先般2017(平成29)年の職業安定法改正において、附則に「政府は、この法律の施行後五年を目途として、この法律により改正された雇用保険法及び職業安定法の規定の施行の状況等を勘案し、当該規定に基づく規制の在り方について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする。」とされています。2022(令和4)年の3月がその5年目となるわけですから、もうあと2年足らずで定められた時期が到来することは、先月のこの欄でも言及いたしました。

 筆者はILO96号条約から181号条約への世界的な歴史的変化の中で職業紹介事業に興味を持ち、その業界に転身しました。そもそも昭和22年に出来上がった職業安定法では、ILO96号条約に則って民間による職業紹介は原則として禁止され、極めて例外的に職種を限定して許可を受ける仕組みとなっていました。この職業安定法は、戦後75年、昭和・平成・令和と三世を経る中で幾たびも時代の趨勢に合わせ、また国民の要望に応え、あるべき社会をめざして改正されてきており、基本的には「規制緩和」「民間活用」の方向であったと思います。
 この機に、この「労働あ・ら・かると」の紙面(画面?)を拝借し、何回かにわたって職業紹介を巡る規制緩和の変遷を振り返り、その功罪を考察して、次の法改正に向けての発想の整理と必要な発想転換を試みたいと思います。

 今月は「職業紹介事業所の面積規制」について振り返ります。
 2017(平成29)年の職業安定法改正において、従来の「おおむね20㎡以上」という面積規制がなくなり、「プライバシーを保護しつつ求人者又は求職者に対応することが可能であること。」という「機能規制」に変わりました。
 伝え聞いたところでは、法改正に当たっての研究会か労政審の部会の席上での委員の方の「20㎡以上あれば大丈夫という考えはいかがなものか」という趣旨の発言が契機のようですが、30年以上前に職業紹介許可申請をしたことのある筆者も、当時「なぜ20㎡以上なのか?」という疑問を持ちました。
 その後お目にかかった戦後ずっと家政婦紹介所を経営していらっしゃった大先輩の所長さんの話では、戦後すぐは「六畳二間は必要でしょう。一間は履歴書を保管したりするため、もう一間は家政婦登録の面談場所として。」という発想だったそうです。6畳×2=約19.8㎡という計算で、「おおむね20㎡以上」となったという話は腑に落ちました。

 この規制がある間には、悲しいエピソードもありました。新規事業として人材紹介業を始めようと、なけなしの退職金をはたいて許可申請手続きを進めていた方が、ワンルームマンションのような物件で「賃借面積21㎡」というオフィスを確保して許可申請したところ、労働局(当時は公共職業安定所)の担当官が現地踏査の際、「実効面積が20㎡に不足している。」として許可が下りず、最初の物件の賃料や契約諸費を反故にし、改めてもう少し広いオフィスを借り直したという件です。不動産業界の取引においては、面積は「壁芯計算」であった一方、職業安定法の考え方は「実効面積=壁芯ではなく壁面によって囲まれた面積」という差があったことからの落とし穴だったと言えるでしょう。

 今回の「実効面積ではなく機能による規定」への改正は、理念としては極めて正しいと思うものの、一方で「個室の設置、パーティション等での区分により、プライバシーを保護しつつ求人者又は求職者に対応することが可能である構造を有すること。」と言われても、審査をする指導官の方によってバラツキが出てしまうのではないかという懸念は残ります。(幸いなことに本条項施行後本日迄、具体的な申告は人材協相談室には寄せられていませんが)

 それよりなにより、今回のコロナ禍においては、前述の規定に因りプライバシーを守ろうとすればするほど「三密」な状態になってしまうということが発生しています。職業紹介業界のガイドラインとしては「必要に応じたマスク、フェイスガード等の着用」「1時間に2回以上の途中休憩確保による相談室の扉開放換気」などをうたっています。Zoom等を利用しての「デジタル面談」も随分普及してきています。さらに「在宅ワークでの職業紹介」はどのような要件を整えるべきなのか、という検討も早急に必要だとの声が多く上がっています。
 現行の規定では実態と齟齬があることもあります。「専らインターネットを利用すること等により、対面を伴わない職業紹介を行う」ということで許可を得ることも可能ですが、しかし「この場合において、対面を伴う職業紹介事業の運営がなされたときは、許可の取消し対象となる旨の許可条件を付する」という付随した定めがついています。
 この規定の実効性も含め、遅くとも次の職業安定法改正までには「求職者のプライバシー保護を確保しつつ、WITH/POST CORONA、ニューノーマル社会における職業紹介業務のあり方」の観点で、「どのような『場所』で職業紹介業務をすべきか」から「どのような『機能』で職業紹介業務をすべきか」と発想を明確に変えて整備すべき時期が到来しているのではないでしょうか。

 2017(平成29)年の職業安定法改正での「面積規制の撤廃」は、このような検討に向けての一歩のようにも思えます。

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)