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労働条件の見直しはタテ軸とヨコ軸を意識しよう

社会保険労務士 川越 雄一

 「縦の糸はあなた 横の糸は私」といえば、中島みゆきの「糸」という歌の一節ですが、労働条件の見直し時にも、タテ軸とヨコ軸を意識する必要があります。この場合のタテ軸は従業員本人にとっての現在・過去・未来、ヨコ軸は世間相場や法律です。
労働条件が良くなる場合はともかく、そうでない場合は、この 2 つをどう折り合わせるかが重要になります。

1.世間並みに合わせただけなのに……
A 社は従業員 30 人の卸売業です。創業者に子がなく、懇意にしていた取引先メーカーで総務部長をしていた B さんを後継の社長として迎えました。それまで A 社は典型的なワンマンオーナー企業で、社内に労務管理という言葉すらありませんでした。

そこで、B さんは社長就任直後から、曖昧だった労働時間・休日の整備に着手しました。すると、従来は社内でタブーとされていた労働条件についての話が堂々とできるようになりましたが、同時に不満も平気で出るようになりました。 B さんは「従来から不満がなかったわけではなく、独裁経営だったから表面化しなかっただけ」と従業員の不満を前向きに捉えていました。

そのような折、 B さんが突然、病に倒れました。従来から B さんの社長就任を快く思っていなかった生え抜き従業員の一部は、これを機に画策し、 B さんを社長退任に追いやったのです。代わって社長に就任した生え抜き従業員の C さんですが、半年くらいすると経営が芳しくなくなりました。そしてその原因は、 B さんが年間休日を増やしたために実働日数が減ったからだとして、法律の範囲である年間 110 日まで 10 日ほど年間休日を一方的に減らしたのです。

C さんは「数年前からすればこれでも多いじゃないか」「このあたりの会社はこんなものだ」と考えていたようです。しかしその後、従業員の不満は一気に噴出し、さらに経営は悪化、業歴 50 年の企業は存続すら危うくなってしまいました。

2.ヨコ軸ありきでは納得しない
労働条件を考える場合には、法律や世間相場であるヨコ軸と、自分の現在・過去・未来であるタテ軸の 2 つがあると思います。従業員が関心を持つのは主に後者です。一方、経営者は前者を気にしがちですから、お互いの考えに食い違いが起きてしまうのです。
●ヨコ軸は法律や世間相場であり理屈として理解するもの
 もちろん、労働条件において法律や世間相場は重要です。しかし、それはあくまで「理屈」であり、現に多くの従業員は世間相場を知りませんし、知っていたとしても自社より良い条件の相場です。仮に悪い条件の会社があったとしても、それはそれなのです。
●タテ軸は自分の現在・過去・未来であり納得するもの
 従業員が関心を持つのは、明らかにヨコ軸よりタテ軸です。何しろタテ軸は自分にとっての現在・過去・未来、つまり、これまでの労働条件が、こらからどうなるかということですから他人ごとではないのです。世間相場はどうあろうと自分の生活に直結することが重要です。
●納得しないと反発されるだけ
 事例の A 社も、相場からしてみれば世間並みの休日数ですから、理屈上は理解できます。しかし、タテ軸は自分に直結していますから、休日数が 10 日減ったことは感覚的にはその倍以上減った感覚です。世間相場に合わせるという理屈は理解できても納得がいかず、直接もしくは間接的に会社へ反発します。

3.ヨコ軸とタテ軸の折り合いをつける
 もちろん、従業員が関心を持つタテ軸を意識することは重要ですが、世間相場であるヨコ軸をまったく無視して良いというわけではありません。要は、この 2 つの折り合いをつけることです。
●経営者や管理者が必要性を丁寧に説明する
 通常、労働要件を悪くする見直しをする場合は、やむを得ない理由があるはずです。ですから、まずは従業員に対して、なぜ見直しが必要なのかを丁寧に説明する必要があります。この場合、今まで世間相場より良すぎたということでは納得は得られず、見直しをしないと企業の存続が危ぶまれるくらいの理由は必要です。
●何らかの代替措置を講じる
 世間相場はともかく、タテ軸である従業員本人の労働条件がいくらかでも悪くなれば、いわゆる不利益変更ですから、納得を得るには代替措置、つまり「その代わり」も必要です。例えば休日数が減る代わりに昇給する、もしくは有給休暇付与日数を増やすというようなことです。この手の話を進める場合はとても重要です。
●納得が得られたら同意書をもらう
 代替措置も含めて会社が丁寧に説明し、「分かりました」ということになれば個別に同意書をもらいます。内容としては会社が説明した内容も盛り込んでおきます。もちろん、同意書があったとしても裁判などで無効にされる場合もあります。ですから、丁寧に説明して納得尽くで同意書にサインをしてもらうことが重要です。

 労働条件が悪くなる見直しの場合、世間相場を味方にしたいとところですが、従業員にとっての関心ごとは自分の現在・過去・未来です。ですから、この 2 つの折り合いをつけることが見直しを円滑に進める肝なのです。