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労働あ・ら・かると

こちら立てればあちらが立たず~外国人労働者と言葉の壁~

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 過日のNHKや日本経済新聞の報道によれば、今年4月から施行された改正入管法による新設在留資格「特定技能」の付与が進んでいない様子です。

 4月に、3年間の農業分野の技能実習を修了したカンボジア人2人に初の「特定技能1号」の在留資格が付与されたとの報道があり、その後も3年間の技能実習を無事終えて(=特定技能の在留資格を満たすと思われる)帰国していたベトナム人が、実習先であった食肉加工場や野菜農場で働き始めているとの報道も見聞きされるようになってきました。
 しかし9月末に行われた出入国在留管理庁長官の記者会見によれば、初年度4万人、5年で最大34万5千人を見込むとされていた「特定技能」の在留資格は9月27日現在で376件の付与でしかありません。同日現在の資格申請手続き中の外国人材数は2000人以上、また合格すれば特定技能在留資格取得要件を満たすとされる、国内外での技能と語学試験にも2000人以上合格したと発表しています。しかしこれらの外国人が全員特定技能の在留資格で働き出したとしても、初年度目標の1割強にしかならないペースですから、とても鳴り物入りでスタートした「人手不足対策」の掲げた目標には程遠いことは明らかです。

 「出入国在留管理庁の在留許可審査が遅すぎる。」「送出し国の体制が整っていない。」「受入れ企業に問題がある。」と、それぞれに指摘が飛び交っていますが、見方によっては責任のなすり合いに見えなくもありません。
 出入国在留管理庁審査窓口も、急増した申請に審査体制が追いつかないのでしょうが、過去側聞された「申請書の重箱の隅をつつくような書類審査で、本質的な点を突いたものではない。」というような「書類のやりとりで時間を浪費していないか」の点検が、急ぎ必要だと思います。
 送り出し国の問題も、伝え聞くところによれば、技能実習制度において契約書を2種類(表契約と裏契約)作成して、表契約のみを自国政府や日本国の出入国在留管理庁に提出する事案があった(もちろん違法)が、最近も同様の事案が発覚してMOC(政府間協力覚書)による認定送出機関リストから削除された例があったそうです。同様のことが他の国の特定技能人材の送り出しにおいても発生しないか、充分注意していただきたいものです。
 日本の受け入れ企業も、「人手不足」と言いながら「日本人と同等の給料を払うのなら、採用しない。」といった、新制度の背景の主張と全く異なる言辞を弄する事例も、まだ残っています。

 筆者は2017年にハノイを訪れ、日本への技能実習生送出し機関の研修施設を見学する機会を得ました。日本で技能実習による就労経験のあるベトナム人が教師を務める建設労働者の安全研修は、日本で行われているもの以上にきちんとしていましたし、日本語の授業も実用的な内容との印象を受けました。ベトナム労働・傷病兵・社会問題省の紹介による見学先ですから、かなり模範的で筆者に見せても問題ないと判断された場所だと思いますが、その際、「ここからの送出し人数は、ベトナム全国から日本への年間送出し人数の内、何割くらいですか?」との質問への答えは「1%」というもので、残りの99%を送出している機関の見学はすることができませんでした。
 EPA(経済連携協定)によるベトナムからの看護師・介護福祉士候補者の受入れも、評判はかなり高いように思います。彼ら彼女らの合格率は、日本人の合格率より高いのではないかとの声も耳にするくらいですし、先行したインドネシア、フィリピンの教訓を活かして訪日前の日本語研修を1年行い(日本語能力試験のレベルN1からN5までのうちN2以上は免除)、日本語能力試験N3以上のみを、特定活動の在留資格で受け入れるとした仕組みが成功しているように見えます。ただし、この仕組みもその質についての良い評価がある一方、「絶対的な数が足りず、これではとても需要に追い付かない。」との指摘もあるのが現実です。

 今回新たに始まった「特定技能」という在留資格による、人手不足分野への外国人材の受入れも、法案成立まで時間が不十分だったと言われる国会論議や、成立施行後の法務省によるパンフレット等をみると、原則として当該分野の「技能」と「日本語能力」の試験をうけて一定以上の成績を修めた者を条件とするなど、今までの外国人材受入れの教訓化を少しは活かそうとしているとは思います。しかし過去の様々な政策においても、「原則」より「例外」が突出してしまって、本来の制度の主旨が雲散霧消してしまう光景があったことを忘れてはなりません。
 「技能」と「日本語能力」のレベルを厳格に運用すると、少子高齢化の日本での人材需要に追いつかなくなり、要件を緩和して人数を確保しようとすると日本社会に適応できない人材が多くなってしまうという矛盾を、これからどのように解決するのでしょうか。
 「技能」と「日本語能力」の試験については、日本での技能実習2号を円滑に終了した(ということは3年間日本で過ごした)外国人材は免除するそうです。でも、その話を聞く筆者の脳裏には、かつて日本で技能実習中の外国人材で、日本への適応に苦労している方々へのインタビューの場面が過ぎります。彼らは「一日中、同じ出身国の友人と過ごし、トラクターを操縦し続けるだけで、日本語がうまくなる機会がない。」「毎日、搾乳作業に追われ、牛とだけ会話しているので、日本語が話せない。」と語っていました。もちろん通訳を介して聞いた話です。
 「特定技能」という在留資格を得るにあたっての「技能実習3年」という、サイドドアのように見える「試験免除」がいつのまにか「メインエントランス」と変化し、日本語が不自由で、従って日本文化をよく理解できない外国人材を増加させてしまい、それゆえに低賃金労働を強いることにならないかを懸念しています。

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)