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一億総活躍、70歳まで働けとお国は言うけれど

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 一番最初に「一億総活躍」という言葉を聞いたとき、その老人は戦中の「一億総火の玉」というスローガンを思い浮かべたそうです。アメリカ在住日本人で戦中生まれの彼は「何歳まで働いて暮らすかは、個々人の決めること。お国が号令をかける社会はよくない時代の到来。」と、頑強に主張します。
 いかにもアメリカの民主主義者らしくも思える彼のような生き方考え方は尊重しますが、日本で引退時期を迎える時期に差し掛かった私たち団塊の世代の多くは、2千万円もの貯えがあろうはずもなく、結局のところ死ぬまで働き、他人に迷惑をかけずに「ピンピンコロリ」が理想と思いつつ、遅々として進まない「終活」も中途半端に、恵まれた経済状況にある「新時代の高齢者の生きがい的就労」を横目に見て「そこそこ納得できる内容、収入」の仕事を探し求めているようにも見えます。

 でも最近目にしたある光景は、高齢者雇用にあたって「このような高齢人材を採用してしまったら、労務管理はどのようにしたらいいのだろうか?」と腕を組んで頭をかしげざるをえないものでした。

 光景その1:とある都市銀行のカウンターで。外見からは60代後半と想える老人が大きな声を出して銀行員の女性を怒鳴りつけていました。いわく「俺が長い間苦労して働いて受け取った退職金を下すのに、なんでこんなに待たせるんだ!」と。
 最近言うところの「カスハラ」(カスタマーハラスメント)ではないかとも見受けたのですが、ベテランに見えるカウンターの銀行員は「でもお客様、押された印鑑がお届けのものと異なっておりますので、これではお手続きいたしかねます。お届けいただいた印鑑を押していただくか、キャッシュカードで暗証番号をお使いいただいて引き出されたらいかがでしょうか。」と冷静に応対していて、気持ち良いくらいの接客でした。しかしその老人顧客は「暗証番号を忘れたから、店に来て引き出そうとしているんだ。本人が自分のハンコを押して自分の金を出せと言っているのに、なぜ言うことをきかない!支店長を出せ!支店長を!」と、ご自分の記憶力や預金管理力の低下を棚に上げて「全部解約する!」と拳で(痛かろうに)カウンターをドンドン叩きます。私の担当の若い行員も気が散ってしまうようで、伝票のミスをしてしまい、私に謝ることになってしまいました。
 まぁ、解約するほどまとまった預金のあるご老人ですから、働く必要はないのかもしれませんが、もし万一このようなタイプの人材が「生きがい的就労」をもとめて、求人に応募してきたら、どうしたらよいでしょうか。
 雇用主としては、就労中に事故を起こされても困るわけです。職種にもよるのでしょうが、2018年の労災認定死傷者約12万7000人のうち、最多は「転倒」で3万1800人余、うち50歳代以上が7割近くを占めているそうです。筆者も通勤中にスマホ夢中若者に激突され、階段を落ちそうになりました。「これで怪我したら転倒通勤災害になるのだろうな」と思いましたので、他人事ではありません。事務職や、単純作業の採用にあたっても、体力測定や立位年齢測定をする必要がある時代になったのかもしれません。人材自身も「『自分は大丈夫』はダメの始まり」を自覚して、自分を客観的に見つめる必要があるように思います。

 光景その2:道路の掘削工事の現場で、高齢と見受けるガードマンの方が歩行者を誘導していました。「恐れ入りますが、工事中ですので他の道にお回りください。」と、通る人ひとりひとりに頭を下げています。そこに通りかかった前期高齢者らしき女性が、いきなりそのガードマンの方に食って掛かりました。「あたしゃ。この先に働く先があるんだよ。やっとパートで雇ってもらったのに、遅刻したら時間給削られちゃうじゃないか!通しなさい!」と、ガードマンの方を突き飛ばさん勢いです。でもその先に見えている通行止めの道は下水管の更新らしく結構深く掘られていて、穴の周りは赤土の山で滑りそうで、危なくてしかたありません。5分以上の押し問答の後、やっとあきらめたその高齢パート労働者は、回り道して遠く道の先に見える勤務先にたどり着いたようです。
 翻って、工事現場の警備員の方々の「働き方改革」の時間外労働上限規制は、建設業と一体として「施行5年後に」繰り延べられてしまったことを思い起こし、冷静に対処した赤銅色の肌に日焼けしたガードマンの方には、深く礼をして、貴重な観察時間のあと、筆者も回り道をして歩みを進めました。

 「暴走老人(藤原知美著/文藝春秋)」を読んだのは十年以上前だったと記憶しています。その書物の中で指摘された「病院での待ち時間に耐えられずダダをこねて床に転がる」「店のサービスカウンターで、いつまでも怒鳴り散らしている」「口のきき方が悪いと女医さんに殴りかかる」という急増した困った老人たちが紹介されています。高齢者がこんな人たちばかりではないと思いますが、「働き方改革」時代の各企業の採用担当の方々は、高齢者も活用する「多様な働き方」を組み合わせての労務管理、企業経営が求められる時代となりつつあります。「困った老人」を採用し、上手に管理し、働きがいをもって働いてもらう方策にも頭を悩ませることが多い時代になるのかもしれません。

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)