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労働あ・ら・かると

退職者とはキレイさっぱり別れよう

社会保険労務士 川越雄一

 人材採用難の折、退職を申し出られても二つ返事で承諾できない会社も少なくないのではないでしょうか。しかし、ダラダラと必要以上に引き留めていると、「在職強要」呼ばわりされることもあり、トラブルのもとにもなりかねません。
 ですから、退職を申し出られた場合は仕方ないと割り切って、後腐れなくキレイさっぱり別れることも必要なのです。

1.いきなりの電話、「○○の母ですが!」
 A社は従業員30人ほどの介護施設です。そこにヘルパーとして働くBさんから、施設長へ退職の申し出があったのは2カ月ほど前でした。
 Bさんは勤続5年で利用者からの評判も良く、また、介護施設は求人をしてもなかなか応募者もないため、施設長は「もう少し待って」と退職を先延ばしにしていたのです。また、「辞めるなら、代わりの人を連れて来ないと困る」とも言っていたようです。
 そのようなときに、「○○の母ですが!」と、Bさんの母親と名乗る方から一本の電話が入ったのです。もちろん、電話の内容は会社がダラダラとBさんの退職を先延ばしにしていることへの苦情です。「娘は2カ月も前に退職したいと伝えたのに、いまだに辞められないというのはどういうことなのか」「一従業員が何で辞めるのに後任を探さなくてはならないのか」なとど、強く責め立てます。
 Bさんは転職のために退職を申し出た後に再就職活動をし、すでに再就職先から内定をもらっていたのですが、A社を退職できず入社日が延び延びになっていました。
しかし、Bさんは気が小さく、施設長からの引き留めをハッキリとは断れず、精神的に相当まいっていたようです。そして、このままでは病気になってしまうのではないかと心配した母親が、娘に代わって電話をかけてきたというのです。
 また、母親はあらかじめ労働基準監督署に相談していたようで「これ以上引き留めるなら労働基準監督署に訴える」と言って電話を切りました。

2.引き留めには限界がある
 従業員から退職の意向が伝えられた場合、引き留めるということもあります。しかし、申し出から1カ月以上も退職を承諾しないなど、度を過ぎてしまうと「在職強要」と受け取られ違法性を問われる可能性もあります。
●従業員には辞める自由がある
 会社には採用の自由がある一方、従業員には辞める自由があります。もちろん、労働基準法にはいつまでに退職の申し出をすべきかという規定はありません。そこで民法の規定を見ますと、契約期間を定めていなければ、労働者は原則として2週間前に退職の意思を告げることにより、退職することが認められています。
●通常は1カ月前に申し出
 一般的に就業規則では1カ月前までに申し出ることになっていますし、通常はこの期間で不都合もありません。もちろん、民法上の2週間前より長めですが、これくらいまでは会社の言い分が認められるのではないでしょうか。しかし、それ以上前になりますと就業規則の規定そのものが無効とされる可能性もあります。
●度を過ぎた引き留めは違法になることもある
 従業員が退職を申し出たにもかかわらず、退職を認めず在職を強要することを「在職強要」というようです。確かに、優秀な従業員であったり後任がすぐに見つからない場合、何とかして引き留めたい気持ちも分からなくもありません。しかし、民法に2週間前という規定がありますので、度を過ぎると違法となる場合があります。

3.退職を申し出られたら割り切る
 従業員が退職を決断し会社に伝えた以上、引き留めたところであまり良い結果にはなりません。「去る者は追わず」、気持ち良く送り出したほうが賢明です。
●「去る者は追わず」
 従業員が退職しようと決断するにはそれなりの理由があります。そして、従業員が一旦そのような決断をした以上、会社が引き留めたところで、そう良い関係にはなりません。ですから「去る者は追わず」の姿勢で臨むことが賢明です。たとえとして不適切かもしれませんが、必要以上の引き留めは、離婚を決断した夫婦が仕方なく同じ屋根の下で暮らし続けるようなものです。
●下手なことを言わない
 今はICレコーダーをしのばせ、やりとりを録音している人も少なくありません。特に退職についての意向を伝える場合はその可能性が高いと思います。ですから、録音されていることを前提に受け答えすべきであり、事例のように「辞めるなら、代わりの人を連れて来ないと困る」などというようなことは、あまり口にしないほうが無難です。
●後腐れなく別れる
 経験則ながら、退職を必要以上に引き留めてもあまり良いことはありません。下手に引き留めたばかりに、「仕方ないかな」と泣き寝入りしてもらっていたようなことまで引っ張り出されたりするからです。雇用関係において重要なのは、退職を決断させない工夫であって、決断されたからには、キレイさっぱりと後腐れなく別れるほうが、お互いのためです。

 従業員が退職を申し出たということは、お互いに友好な関係ではなくなります。だからこそ、必要以上に引き留めることなくキレイさっぱり別れることがトラブル防止の“かくし味”なのです。