インフォメーション

労働あ・ら・かると

海外人材のことで余り触れられていない視点

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 昨年12月に成立した改正出入国管理及び難民認定法(入管法)が今月から施行され、いよいよ海外人材が従来のものに加えて「特定技能」という在留資格で日本に入国して働きだします。
 この入管法改正については、「海外に労働力を求めてもやってくるのは人間」という当たり前なことを筆頭に種々評論がなされ、この「労働あ・ら・かると」でも筆者だけでなく様々な方が言及されていますが、改めて余り触れられていない2つの点について、今回は述べたいと思います。
 
 ひとつは日本もかつて移民送り出し国であったこと、その日本人たちが遭遇した人権侵害に思いをいたすこと。そしてもうひとつは、IT技術の進歩によってあっというまに変化するであろう「仕事の需給」に耐えうる仕組みなのかという視点での検証の必要性です。
 
 過日、筆者もそのファンのひとりの笑福亭鶴瓶さんが、深夜のTVトーク番組で「ハワイに行ったらいつのまにかホノルルの空港の名前が『イノウエ空港』となっていて、そのアナウンスに『なんなんあれ』と思った。」と話していました。空港の名称に使用された「ダニエル・K・イノウエ」氏のお名前はご存知の方も多いと思いますが、2012年に亡くなったアメリカ合衆国の上院議員で、ハワイ1924年生まれの日系二世、1959年に下院議員に初当選し、それ以来当選を重ね、かつて上院仮議長でもあった方です。「上院仮議長」というのは、アメリカ大統領が執務不能になった時の権限承継順位第3位の職位ですから、アジア系アメリカ人としては最高位の政治家だったと言っていいと思います。
 白人優位国へのアジアからの移民として様々な差別迫害に遭ったであろうイノウエ氏は、アメリカ人としての忠誠を具体的に示すために兵役志願し、第二次大戦のヨーロッパ戦線でドイツとの戦闘で右腕を失ったことでも有名です。下院で初登庁宣誓の際、議長に「右手を挙げて宣誓を」と言われても右手が無いので左手を挙げて宣誓をしたため、その戦功を会場に再認識させたそうです。
 その彼が理事長を務めたこともある「全米日系人博物館(ロサンゼルス)」の資料には「三つの架け橋(日系人とあらゆる人種のアメリカ人の間の架け橋/日系人と日本人の間の架け橋/その二つの架け橋をもとにした、日米両国の人々の心に架かる第三の架け橋です。)」という願いが掲げられていて、「移民としてアメリカに移り住んだ日系人」の歩んだ歴史が描かれています。
 また、第2次大戦中の大統領令で強制収容された日系人の名誉回復に尽力したフレッド・コレマツ氏の足跡をたどることも、アメリカに移民した日系人の処遇について知る一つの方法だと思います。
 諸説ありますが、当時短期蓄財して日本に帰国することを目指してハワイやブラジルをはじめとした南米に渡った日本移民は、祖国の太平洋戦争突入・敗戦によりそのまま彼の地に永住することを決心した場合もあったでしょう。
 更に300年以上前のベトナムに骨を埋めた日本人の話も5年程前にこの「労働あ・ら・かると」に寄稿いたしましたが、「帰るつもり」だった日本人移民が「帰ら(れ)ない」道を歩んだ時、それらの国の人びとや政府、社会がどのように移民や出稼ぎ労働者を遇したのか、その変遷の歴史と教訓を知っておくことが、これからの日本の「多様な国の人びととの共生社会」を築いていく上で、必要な視点だと思います。
 
 次にもう一つ、今「人手不足」と言われていても、自動化などのIT技術の進歩によってあっというまに変化してしまう「仕事の需給」の検証という見方が必要ではないか、という視点です。
 コンビニエンスストア業界の人手不足による、24時間営業の見直しの報道もよく目にします。実際コンビニエンスストア利用しても、アジアの各国から来日していると思われる若い人材の方がレジを操作している場面をよく見るようになっています。こちらは今回の入管法改正の「特定技能」や従来からの「技能実習」ではなく、日本語学校への留学生の「資格外活動許可」による「原則週28時間」のアルバイト就労によるものだそうです。
 しかし筆者の近所でも「無人レジ」「セルフレジ」が登場し始めています。これが(たぶんあっという間に)普及した時、「いいアルバイトもできる留学」として、留学を勧めている国や機関は、どのようなアルバイト仕事を自国の若者に紹介しようということになるのでしょうか。
 今「人手不足業界」とされている、今回の「特定技能」在留資格による就労可能な「産業分野」の「業務」が、ロボット技術の進歩、AI導入の促進によって生産性が向上し、省人力化の波が押し寄せたとき、「じゃあ母国に帰ってください。」とは、そう簡単に言えないことが、過去の日本人移民の歴史からも汲み取れるのではないでしょうか。
 
 いずれにしてもその審議期間の短さ、内容検討の浅さの指摘を受けながら早期成立された、今回の入管法改正ですが、今からでも急いで多角的な視点での検討が必要だと思います。「遅きに失した」ということにならないよう、集中的精力的な検証とデータ収集分析体制が望まれます。
 
(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)