インフォメーション

労働あ・ら・かると

2万人を超えた職業紹介責任者講習受講者

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 筆者が講師を務める職業紹介責任者講習の受講者数が、今月の2月14日で開始以来の延べ数で2万人を超えたとのメモが、講習受講の受付事務を担当しているスタッフから寄せられました。
 我が国において、有料・無料職業紹介を事業として営むには、厚生労働大臣の許可が必要なわけですが、その許可を受けるに当たっていくつもある要件のひとつに、職業紹介責任者の選任が義務づけられています(職業安定法第32条の14)。この職業紹介責任者を選任するにあたっての要件のひとつに職業紹介責任者講習の受講というのがあり、過去5年以内に受講した方でないと、選任することができないというものです。

 筆者は、筆者の勤務先である日本人材紹介事業協会が、この講習の主催を厚生労働省から認められた2007年からこの講師を務めていますが、振り返ってみるとこの間、法改正や指針などの変更がある都度、講習に使用するパワーポイントや資料を手直ししてきた事務作業が、日本の職業安定法の変遷を具体的に認識できる機会でもあったと思います。

 2007年当時は、ILO96号条約から181号条約の批准への変化を受けた、1999年の職業安定法大改正(職業紹介は基本的に国家機関である公共職業安定所が扱うという考え方から、民間の職業紹介事業は厳しい要件規制のある職業別許可だったものでしたが、それが港湾運送業務と建設業務以外のすべての職業の取扱いが原則自由となりました。)とその5年後の2004年見直し内容も含めて、必ずしもまだ社会に充分定着しきったと言える状況ではなく、昭和の臭いが色濃く残った、労働者供給と見まがう職業紹介事業者も一部に存在するのが現実でした。講習の中で「労働者を支配し、強制的に他人の指揮命令を受けて働かせることは労働者供給に該当し、禁止されています。」と話した際、会場から「支配しなかったら人材は言うことを聞かないじゃないか。」という反論を受け、唖然とした記憶もあります。
 一方で、急速な勢いで発達するIT技術により、ホームページを利用した求人求職受付や職業紹介が進化し、職業安定法上、原則文書により明示することになっている求人時の労働条件の説明をはじめとした手続きが電子メールで行われる時代には、改正したばかりなのに法が既にITの進歩に対処できていない点も、表れ始めていました。

 リーマンショックの時には他の許可要件のうちの資産要件(一事業あたり基準資産350万円)を満たせず、許可の更新ができずに廃業する事業者もありましたし、外国人技能実習生の受け入れが「国外にわたる職業紹介」に該当すると判断された時期には、中小企業の業界団体の要請を受け、技能実習生受け入れ団体の多い地方都市で開催したこともありました。(平成29年11月からは法改正により、新たな「技能実習責任者」の枠組みに移行しました。)今また民営職業紹介事業者の事業所総数は2万件を超え、リーマンショック前の水準以上に達しています。

 昨年の職業紹介責任者講習では平成29年3月の職業安定法大幅改正の大部分の施行が平成30年1月からだったこともあり、この法改正の内容を周知することに注力しました。しかし今回の改正が、職業紹介事業者に対する規制の変化にとどまらず、Webの普及とともに急激に発展している求人広告などの求人情報提供事業者や、求人者自身に法規制の対象が広がったことを考えると、仲介事業者にのみ法改正の周知を徹底強化しても、職業安定法の目指す社会の実現には程遠いように思えてなりません。
 法改正後の職業紹介責任者講習の制度をみると、理解度試験の実施をはじめとしてその内容が改正されたわけですが、併せて規制緩和の考え方からか、職業紹介について知識も経験が不十分と思われる講習主催者が増加しています。職業紹介業界への新規参入が急増した2005年頃のように、講習受付がパンクするほど講習受講希望者が殺到しているわけでもないのに、主催者数を増加させたはいいが、行政当局はその品質はどのように担保するつもりなのか疑問に思います。
 すでに新規参入者の講習において、「派遣と紹介を言い間違えてずっと講義をしていた。」「ひざ掛けをサービスすることを前面に出して受講者を勧誘しているが、講義内容はお粗末だった。」という話が耳に入り始めています。もちろん独占・寡占は講習の健全な実施に有用だとは思いませんので、その品質についての競争がある状態での複数の機関による講習実施は必要と考えますが、少なくとも利益の追求のみを存在意義とする企業には、この公共性の強い職業紹介の根幹のひとつの講習を任せることには疑問を呈さざるを得ません。

 今後、働き方改革が推進される世の中において、人材を大切にする雇用主に丁寧に紹介しようとする職業紹介事業者を育てようとするのか、単なる講習ビジネスに職業紹介の根幹の教育研修を任せようとするのかは、これからの新しい働き方・休み方、働かせ方・雇用のしかたを実現するための、大事な要素のひとつだと思います。
 来年春には平成29年職安法改正の最後の施行事項である「一定の労働関係法令違反の求人者による求人を、職業紹介事業者も不受理」とする、職業安定法第5条の5の求人全件受理の原則に大きな例外を設けることが予定されています。職業紹介事業者自身が労働基準法の改正をはじめとする「働き方改革」の本質を理解し、その内容を適切に応募人材に明示することが徹底されなければなりません。
 「働く入口」にかかわる職業紹介事業が、ハローワークと良い補完関係を作り、正しい求人情報提供事業と共に機能して、適切な人材への「働き方選択肢」を提供できる社会を目指して、今後とも職業紹介責任者講習にかかわっていきたいと思います。

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)