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退職に関することは在職中に話し合おう

 社会保険労務士 川越雄一

 
 退職時のトラブルにおいては、会社と従業員との間で基本的なことの食い違いが原因になることがほとんどです。普通には信じられないかもしれませんが、退職日や退職理由が食い違うこともあります。
 それを防ぐには、少なくとも雇用関係にある在職中に、退職に関することは話し合ってハッキリさせておく必要があるのです。

1.何とも後味の悪い幕切れ
 A社は従業員20人ほどの建設業です。
 勤続10年の従業員Bさんは、体調を崩して3日間欠勤しました。一人暮らしのため会社への連絡ができず無断欠勤です。
 社長はBさんが無断欠勤で現場に迷惑をかけたことに激怒し、事務担当者を通じて「辞めてもらって良い」と言い残して出張に出ました。
 その後、回復して出勤したのですが、これを聞いたBさんは「今まで10年間、有給休暇もほとんど取らず、残業代もまともにもらっていないのに……」と、1カ月後を退職日として、その間は有給休暇で休むと言ってその日から会社に来なくなりました。
 出張から帰った社長は事務担当者からBさんの言い分を聞き、「まったく勝手なことを……、働く意思がないのだから欠勤を始めた日をもって自己都合退職だ」と、雇用保険の喪失届(離職証明書)をハローワークへ届けるよう指示しました。事務担当者は社長へ「一度直接話し合ったほうが良いですよ」と進言しましたが、積極的に連絡をしませんでした。
ほどなくして、ハローワークから「退職日と退職理由について会社とBさんの言い分に食い違いがあり事情を尋ねたい」という電話が入りました。Bさんは、「社長から辞めてもらって良いと言われているのだから解雇であり退職日は1カ月後だ。その間は有給休暇扱いだ」と言っているようでした。
 その後、ハローワークを介して何度かやり取りをし、ほぼBさんの言い分で決着させられましたが、双方にとって何とも後味の悪い幕切れとなりました。

2.退職日を境に立場は逆転する
 多少の不満はあっても、在職中は従業員としての立場もあり、会社への不満が表に出ることはありませんが、退職日を境にしてお互いの立場は大きく逆転します。
●在職中は宮仕えの身
 雇用関係において、従業員が宮仕えの身であることは今も昔も同じです。ですから、程度の差こそあれ会社に対してはそれなりの遠慮もあります。遠慮があるからこそ、会社や経営者に対して何らかの不満があったとしても表に出にくいのです。しかし、それはあくまで雇用関係にある在職中の話であり、退職後はその立場が逆転しやすいものです。
●退職後は他人の関係以下
 退職後は、入社前のような他人の関係に戻れるなら良いのですがそうもいきません。在職中に力関係で成り立っていた立場は微妙に逆転するのです。在職中や退職時の不満が大きければ大きいほど、お互いの関係は悪くなります。他人の関係を“ゼロ”とするなら間違いなくマイナス、つまり他人の関係以下になるのです。
●「だろう」がトラブルの出発点
 雇用関係に限ったことではないのですが、「別れる」となれば、お互いにそう前向きに接触はしたくないものです。そうなりますと、一度連絡が取れなかったことを良いことに極力距離を置くようになり、さらに冷静な話し合いができにくくなります。退職理由は納得している「だろう」、会社の事情を理解してくれている「だろう」などと、食い違いは広がるばかりです。

3.在職中にこれだけは話し合ってハッキリさせておく
 従業員が多少なりとも会社に遠慮のある在職中だからこそ、冷静に話し合えることもあります。ですから、意識して話し合いの場を持ち基本的なことをハッキリさせておく必要があるのです。
●退職日はいつなのか
 退職日というのはとても重要です。その日に雇用関係が終了するわけですから当然です。中には突然来なくなったり、状況的に退職したと思われる場合もありますが、具体的に日付を確定させておきます。最近は退職時に有給休暇をまとめて取るような人も多く、「会社に出勤して来なくなった日=退職日」でないことも少なくありません。
●退職理由は何なのか
 退職するのは会社都合なのか本人の都合なのかということです。特に事例で取り上げたようなケースでは、うやむやになりやすいので注意が必要です。実務的にもこれの食い違いは結構あるものです。仮に「自己都合退職」として処理していたとしても、本人が真に納得していなければ退職後にもめます。
●「貸し借り」の清算
 未払い残業代、有給休暇、代休未消化分など退職する従業員とは少なからず貸し借りがあるものです。もちろん、下手に話して藪から蛇のようなことになっても困りますが、この貸し借りを放っておくと退職後はもっと大変なことになりかねません。ですから、多少なりとも心当たりがある場合は、在職中の雇用関係があるうちに、話し合いにより清算すべきものは清算しておきます。

 退職していく従業員とは同じ空間に居たくもありませんが、退職後はもっと厳しい関係になりやすいものです。
 ですから、お互い多少の遠慮がある在職中に、退職に関することは、話し合ってハッキリさせておくことがトラブル防止の“かくし味”なのです。