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従業員とは「貸し借り」なしにしておこう

 社会保険労務士 川越 雄一

 雇用関係では時として従業員との間に「貸し借り」が生じます。貸しというのは、法律を上回る恩恵的な措置、借りというのは合法的でないことを従業員に強いることです。もちろん貸し借りも在職中は問題になりにくいのですが、借りについては縁の切れ目、つまり退職時に清算を求められ大きな負担となります。ですから、従業員との貸し借りは毎月決済しておき、雇用関係にほど良い緊張感を持たせることが重要なのです。

1.退職時に清算を求められる
在職中は多少の貸し借りがあっても問題になりにくいのですが、縁が切れる退職時は会社への遠慮もなくなるため、一気に清算を求められやすいのです。
●借りの代表格は未払い残業代
未払い残業代というのは、定刻の始業・終業時間外や休日に勤務したにもかかわらず、時間外労働手当として支払われていない賃金のことです。会社からみれば従業員に対しての借りということになります。もちろん、在職中は遠慮もあるため表立って請求する人はいませんが、退職時は事情が一変します。
●未払い残業代請求は定番中の定番
「在職中は大変お世話になりました。さて……」と始まる内容証明郵便が会社に届くのは、退職後1カ月を過ぎた頃です。要は在職中に支払われていなかった残業代○○円を、いついつまでに払ってくださいという未払い残業代の請求です。退職後のトラブルとしては定番中の定番です。それも請求される金額は2年分ですから、会社にしてみればまさに寝耳に水のようなものです。
●ココを請求されやすい
未払い残業代として請求されやすいのは次のようなものです。始業前に行う全員参加のラジオ体操や朝礼時間、終業後30分以内の時間外切り捨て、1カ月一定時間超え時間外の切り捨てです。会社からしたら「何だ、この程度のこと?」と思われるかもしれませんが、これを会社への「貸し」と思っている従業員にとっては請求しやすいのです。

2.それはそれ、これはこれ
雇用関係の貸し借りにおいて厄介なのは、会社が借りとは思っていないのに、従業員が「貸し」だと考えている場合です。もちろん、それ以上に会社が従業員に貸しを作っている場合もありますが、もう退職するだけの従業員からしてみれば「それはそれ、これはこれ」ということになります。
●バランスが保たれるのは在職中の話
雇用関係は何らかの貸し借り関係で成り立っています。重要なのはそのバランスですが、在職中というのはそれがうまい具合に保たれています。しかし、退職時というのは少なからずこのバランスが崩れているわけですから、従業員に対して借り以上に貸しがあったとしても「それはそれ、これはこれ」となりやすいのです。
●貸しと思っているのは貸した側だけ
金銭の貸し借り同様、貸した側はよく覚えていますが、借りた側はそうでもなかったりするものです。会社からしてみれば、あれもしてやった、これもしてやったと、大きな貸しがあるつもりでも、相手側である従業員にとってはそうでもないのです。逆に、会社が何とも思っていないことが、大きな借りになっていたりします。
●土台なくして貸しはない
建物で重要なのは土台ですが、雇用関係も同じです。雇用関係の土台というは法律の遵守です。これなしには、いくら恩恵的な貸しをつくったところでまっとうな関係にはなりません。ですから、少なくとも残業代は毎月清算しておくことが不可欠です。それでも余裕があれば貸しとして恩恵的な措置を講ずれば良いのです。

3.貸し借りは毎月決済が原則
従業員との貸し借りなどないほうが良いのですが、あったとしても毎月決済しておくべきです。これから始まる「働き方改革」対応上も必要ですし、そこから生まれるほど良い緊張感は生産性向上の肝です。
●貸し借りは少なくとも1カ月ごとにケリをつける
残業代は毎月決済すべきですが、その前提は1日と1週間です。例えば1日8時間超え、1週40時間超えの時間外を累計して1カ月の時間が算出されます。ですから、日々の積み重ねが重要なのです。また、休みの日に出た分を代休で処理するのであれば、少なくとも月内に行うべきです。
●「働き方改革」対応上も1カ月で決済
『働き方改革』の一環として、今年4月(中小企業は来年4月)から残業時間の上限規制が強化されます。休日労働を含む時間外労働の上限が1カ月100時間未満、2~6月平均で80時間以内など、基本は1カ月の労働時間管理であり決済です。逆に言えば、1カ月で決済できないような働き方はさせられないということです。
●ほど良い緊張感が生産性向上の肝
業務には少なからず繁閑がありますから、労働時間を1カ月で決済していくというのは案外難しいものです。しかし、「労働時間=お金=コスト」という感覚に立てば、労使双方にそれなりの、ほど良い緊張感が生まれます。そうなりますと、無駄な時間を省こうという工夫もしますし、それが生産性向上につながる肝なのです。

雇用関係において従業員と貸し借りなどないほうが良いに決まっています。しかし、どうしてもそのような関係が生じたとしても毎月決済し、貸し借りなしにしておくことが退職時のトラブルを防ぐ労務管理のかくし味なのです。