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「目標」が「ノルマ」に変わる時

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 
 障害者雇用の「水増し」がずいぶんマスコミを賑わせています。
 28日に厚生労働省が発表した調査結果によれば、昨年6月の時点で調査対象となった中央省庁のうち、8割に当たる27の機関で障害者手帳を持っていないのに障害者として数えるなどの水増しがあったそうです。
 水増しされていた人数は従来の公表数値の半数に当たる3,460人ということですから、正しい実際の雇用率は、従前公表されていた2.49%から1.19%と半分に下がります。達成したとされていた当時の法定雇用率は2.3%でしたし、今年4月からは2.5%とされているわけですが、これを大きく下回ることになります。
 これから調査が進むであろう地方自治体などでの実態によっては、官公庁などが本来の障害者雇用達成に必要な人数は、数千人の規模になってしまうことは容易に予想がつきます。
 記者会見の場などでは「3,460人の本来であれば雇用されるはずだった障害者の方々の雇用の場が奪われたという理解でよろしいでしょうか。」という質問も出ていますが、これは認識違いだと筆者は考えます。むしろ、場合によっては、この3,460人分が真正な障害者雇用該当者であったとしたら、民間企業がその3,460人分の障害者雇用を達成できず、納付金月5万円を換算すると約20億の国庫納付金を支払うことになった。もう一方では、今回の件はその額の納付金を受領しそこなった、という見方さえできるのではないでしょうか。
 厚生労働省としては「今年中に法定雇用率に満たない人数について雇用すべく努力をしていただく。」ということですが、現在障害者として雇用されていても実は該当しなかった方の雇止めにつながったり、その努力が一時期に集中すれば、労働市場における障害者求人が急騰して、様々な努力や工夫をして障害所雇用に力を注いでいる民間企業の障害者雇用に悪影響があることも予想されます。すでにWebの世界でのやりとりでは「公務員の募集は増えるの?そのほうが条件が良ければ転職しようかな?」といった障害者手帳をお持ちと思われる方からのつぶやきも聞こえており、混乱を心配する次第です。
 行政機関などは、今回の件につき急激な対処は避け、慎重に本質的な問題解決をする姿勢を期待したいものです。

 そもそもなぜこのようなことが起こったのかは、濱口桂一郎さんのブログに、なるほどと腑に落ちる記述があります。
 筆者が思い巡らすのは、そもそも「なぜ」障害者雇用率制度ができたのかの視点が各行政機関に欠落していたのではないかということです。「共生社会の実現」という近代社会の目標は、唱えるだけではなかなか実現できるものではなく、一定の「制度」をルール化し「民間に対して『努力義務』だけでは目標になかなか到達しない」という認識の下で、雇用率未達の場合の納付金制度が作られたということは理解できますが、その時に「行政機関は率先垂範するのが当然だから」ということで、「行政機関の納付金制度」ということは設けられなかったので、社会全体では「単なる目標から具体的な数値の設定」という、いわば「ノルマ化」という変化に思いが至らなかったのではないかと想像するのです。

 また、一方では、8月下旬になると「宿題代行」なるモノが出回り、文部科学省はフリマ事業を展開するメルカリ、楽天、ヤフーの3社と「出品禁止」にすることで合意したと発表しました。ネット上では議論が噴出しているようですが、夏休みの宿題の「目的」を検証すれば、その宿題代行の行為、それを宣伝することが、子供たちの成長を願う方策に反することは自明だと思います。勿論「学校がその意味を説明せずに(実は子供と保護者が理解できていないだけ?)、夏休みにやり切れない量の宿題を出す」のであれば、「宿題をやること」の目標が、「宿題をやらなければならないノルマ」と化している可能性もあり、非難されるでしょうが、それでも「宿題代行」を正当化する理由にはならないと、筆者は思います。
 先々月の当欄で筆者は忸怩たる思い出を振り返りながら「ハラスメント」について述べ、思わぬ反響をいただいていますが、営業職で働く方々にとって「営業の数値目標=予算」が設定されないことは、あり得ないと思います。しかしその数値が、会社の経営目標との関連が判りやすく説明され、かつその数値を達成するための環境が経営者によって整備されていればともかく、「理屈の立たない根性数字」をノルマと課せられたのでは、当事者はたまったものではありません。その未達成を衆目の中で叱責されたのであれば、それは「ハラスメント」以外の何ものでもないと思います。

 「会社」でも「社会」でも、その構成員が、全体の進む方向の目標を共有することはとても大事なことだと、改めて思うわけですが、その「目標」の意味するところの説明や認識が欠落した状態では、その目標は単に「強いられたノルマ」と化してしまい、実現への道は遠のいてしまうだろうと思います。
 障害者雇用の水増し、夏休みの宿題代行の蔓延、理不尽なノルマの押し付けというハラスメント、いずれも、「なぜそのことが必要なのか」の説明不足、認識不足が遠因のように思える晩夏です。

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)