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愛国的脱走兵と企業不祥事、転職を考える

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 過日、立教大学で、同大学共生社会研究センター主催の講演会「“愛国的脱走兵”が語る非戦―「イントレピッドの4人」から50年―」を聴く機会を得ました。日本経済新聞や神奈川新聞でも取り上げられたので、その記事を読まれた読者もいらっしゃると思いますが、主講演者のグレイグ・アンダーソン氏は、50年前の1967年に、ベトナム戦争のために横須賀に寄港していた空母イントレピッド号から脱走し、日本の市民の支援で隠密裏に横浜から出国してスウェーデンに亡命した「イントレピッドの4人」の一人です。
 あいさつされた、脱走米兵支援活動に関する国際関係史的研究を基礎研究のテーマとしている平田正己名古屋市立大学准教授や、在日米軍基地におけるベトナム反戦運動をテーマに研究している呉工業高等専門学校の木原滋哉教授が、「50年前の記憶はない世代ですが」と前置きされた若さであったことと、会場に参加している方の多くが「もしかして当時の活動家(の今の姿)?」と思える世代であったことはさておき、半世紀経過しても、筆者(当時高校生)の脳裏には鮮明なTVニュースの映像が浮かび、当時「日本にも、映画で見た第二次大戦当時のフランスレジスタンスのような、市民による地下組織があるのか!」と驚いたことが、つい昨日のことのように思い出されました。

 当時アメリカには徴兵制度があったこともあり、また現在のように情報網が発達していなかったので、ベトナムという国、ベトナム人という人々についての知識はほとんどないまま、戦争に参加していったと、アンダーソン氏は語り始めました。
 当時の「殺したくない、もちろん殺されたくもない。」という戦時下の心情について、当時徴兵を拒否して チャンピオンベルトを剥奪されたボクシングヘビー級チャンピオンのカシアス・クレイ(モハメッド・アリ)の「俺は自分の良心に従い、俺の兄弟や肌の黒い人、泥の中に暮らす貧しくて飢えた人を、でっかくて強いアメリカのために決して撃たない。一体なんのために彼らを撃つんだ。彼らは俺をニガーと呼んだことはないし、リンチしたこともない。俺に犬をけしかけたこともない。俺の国籍を奪ったこともない。俺の母親と父親を強姦しても殺してもいないんだ。」という言葉を引用して語り、また、「沈黙が裏切りとなる。」というキング牧師の言葉にも触れ、自分の中にある「愛国の義務感」と「ベトナム戦争は過ちだという信念」の狭間での心が引き裂かれた記憶をたどって話してくれました。
 アンダーソン氏は陸軍ではなかったので、陸上戦の経験はない様子でしたが、自分が空母に乗り、ベトナム人を殺すために出撃する飛行機に積まれる爆弾を見て、そのような心情になったのでしょう。

 自分のことを「愛国的脱走兵/Patriotic Deserter(現在執筆中の回想録のタイトルだそうです)」と呼ぶアンダーソン氏は、「アメリカという国を愛するがゆえに、誤ったことを行う政府に反対した。/する。」と続けましたが、筆者の脳裏には「良心的兵役拒否」という言葉と共に、最近報道されている、大手金属鉄鋼メーカーの品質データ改ざん・日本工業規格に満たない製品出荷の疑いの指摘、複数の自動車メーカーでの無資格者による出荷検査などの日本の製造業の不祥事が浮かんできました。
 ゴムメーカーの免振ゴム性能偽装、建材メーカーの杭打ち施工データ不正問題からまだ2年しか経過していないのですが、「会社ぐるみ」という枕詞がつきかねないこれら日本の製造業の信頼感を崩壊させる不祥事の発覚が、一部「内部告発」がきっかけだったという方もいらっしゃいます。
 何が表面化のきっかけだったのかは不明ですが、「それにしても何故もっと早く明るみに出せなかったのか。」と思うのは筆者だけなのでしょうか。
 企業で働く方々は、ご自分が関与して製造したモノ、提供するサービスが、最終的には消費者の方々を満足させ、幸せにするものであり、けして傷つけるものであってはならないことは判っているはずです。飛行機や鉄道車両に使われる材料の品質が安全でないということが、どういう結果につながるのか、自動車を出荷する際の検査がきちんと履行されることによって購入者は安心して運転ができるのに、そこを手抜きした結果がどういうことを招くのか、欠陥建築部材を使用したマンション購入者が今どのような気持ちでいるのか、余りに想像力、推測力が欠如しているといえるのではないでしょうか。
 アンダーソン氏は自ら武器を持って直接ベトナム人を殺したわけではなかったけれど、自分のしている空母での仕事の先に何があるのかを見透すことができ、「愛国的脱走兵」の道を選びました。
 その後日本の脱走兵援助活動は、海外に脱走兵を亡命させるのではなく、軍隊内にとどまって「良心的兵役拒否」をするように方針を転換させたと、立教大学での講演で聞きました。
 企業に雇用されて、人々を危険にさらすようなモノを作り、欺瞞に満ちたサービスを提供することを強いられるのなら、転職することも一つの選択肢ではありますが、転職先が将来同様な事態に陥らないために何ができるのか、あるいは転職せずに現状を改革することができるのか、もう一度「公益通報者保護法」を読み直してみたいものです。
 またそれ以上に、基本的な働くルール(労働法)の教育と自分の働いた先が見える人材を育てる「リベラルアーツ教育」の重要性も再認識した講演会でした。

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)