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ビジネス・パワー・ブレックファストの卵の思い出  

           一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 過日、何十年ぶりかで都心のホテルで朝食をいただく機会を得ました。海外から来日した古くからの友人と会ったのですが、先方はまだ現役で多忙なビジネスパースン。日本滞在中に私と会って話をしたいという気持ちはあるものの時間が取れず、「それなら宿泊先のホテルに僕が出かけるので、一緒に朝食をしよう」ということになったという経緯です。
 1時間程の時間ではあるものの、折角だからとビュッフェ方式の朝食ではなく、着座して落ち着いて話せる環境のホテル内のレストランで旧交を温めることができました。

 世界の経済情勢や雇用の話をしながら、そのホテルの評判のパンケーキと卵料理を胃に収めて、コーヒーの香りの中至福の満足感に浸ったのですが、思い出したのは30年近く前に人材スカウトの現役だった時に、外資系顧客(求人者)から「当社の日本法人の人材確保策についてのブレインストーミングに参加してほしい」と呼ばれて参加した、同じ場所でのビジネス・パワー・ブレックファストの光景と話題でした。

 そのミーティングの場で、本題の人材確保策については、矢継ぎ早の質問に対して、まだ若かった筆者が必死で答え、結論としては「人材スカウトと求人広告による一般公募、当時日本では出来て間もない人材派遣の組み合わせによって、日本法人の人材体制の再構築を図る」という当たり前の様なことに落ち着いたのですが、話好きの外国人トップは、本題のディスカッションが終わった後、私のゆで卵の注文の仕方を聞いていて、「君は欧米に滞在をしたことがあるのか?」と聞いてきました。
 筆者は「もしそういう機会があったのなら、もう少し語学力が身についていて、より良いプレゼンテーションができるはずで、残念ながら滞在も留学もしたことがない」と答えたのですが、腑に落ちない顔をしている外国人トップに「なぜそう思ったのか?」と逆に質問したところ、「『HAN-JYUKU』とか『KATA-YUDE』と言って注文をする日本人はたくさん会ってきたけれど、『お湯が沸いたところに入れて5分15秒』という注文の仕方をする日本人は君が初めてだ」という答が返ってきました。

 この質問者本人も「6分」という注文をして、ホテルのウェイターさんから「水から6分ではなく、沸いてから6分ですね」という確認をされていたので、筆者としては真似をして「お湯が沸いたところに入れて5分15秒」という注文をしたのですが、その分数秒数は、太平洋戦争後に進駐軍で働いていて、将校たちと交流のあった時期がある亡父が、家で母に要望をしていた記憶がよみがえった分数だったのです。
(お好みはそれぞれでしょうが、読者の皆さんも5分15秒と6分と、どちらがお口に合うか是非試してみてください。)

 くだんの外国人トップの人間観察力に舌を巻くことは、他の採用選考面談の場面でも多々ありました。気に入られたのか、また再度パワーブレックファストに呼ばれる機会が程なくありました。
 「またゆで卵を注文すると、茹で時間の話になってしまうし」と思って、今度は目玉焼きをカリカリ(crispy)ベーコン添えで依頼したところ、その日本法人トップはニッコリ笑って今度は「君は目玉焼きの正しい食べ方を知っているか?」と聞いてきました。
 筆者は「まずベーコンを適当な大きさに切り(砕き)、柔らかな黄身の部分にナイフを入れてそこにベーコンを浸して食べる。その後白身部分も黄身をつけて食べるのが美味しい食べ方」と、答えたのですが、外国人トップはニコニコ(にやにや?)しながら、「やはり黄身は崩さないように周囲の白身を切って、塩コショウで味わい、最後にツルリと黄味を丸のまま口に入れるのが一番」と言います。
 パンケーキの食べ方にしても、ホイップバターとメイプルシロップが正道だと筆者が言うと、彼は「いや北海道バターの薄切りを間にたくさん挟んで、オレンジ花のはちみつをかけるのが最高だ」と言います。
 最終的に彼と意見が一致したのは、「卵料理でもパンケークでも、このようにうんちく(erudition)を披歴しながらが、楽しく食べるのが一番だ」ということでした。もちろん、それだけではないでしょうが、ウィットに富んだ会話ができることもトップに必要な資質なんだと思わされた昭和の終わりの頃でした。

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)