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法改正による職業紹介の実績公表義務

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 先月1月31日、第193回通常国会に提出された「雇用保険法等の一部を改正する法律案」には、育児休業法の改正等と共に、職業安定法の大幅な改正案が含まれています。
ここ10年以上大きな改正のなかった職業安定法についての今回の改正案には、求人者・募集者に対しての職業安定法による規制の拡大整備や、IT、Webの進化によってその情報の双方向性などにより出現した職業紹介「的」なWebビジネスモデルについて、「募集情報提供事業」としてその情報適正化のために講ずべき措置を大臣告示で定め、指導監督の規定を整備すること、ハローワークや職業紹介事業者等の取り扱うすべての求人を対象に、一定の労働関係法令違反を繰り返す求人者からの求人を不受理とすることを可能にする(現在は新卒者等向け求人のみ)ことなど、大きな変化が予想される条項がいくつも挙げられていますが、本稿では、改正案の中の「職業紹介事業者への規制の見直し」と共に掲げられている「職業紹介事業者にその実績などの情報公開」義務について、述べたいと思います。

 今回の改正法案が成立すると、その後の省令・通達等の整備によって、職業紹介事業者は下記のような事項を公表する義務が課せられることが予定されています。
(1)当該職業紹介事業者の紹介により就職した者の数
(2)当該職業紹介事業者の紹介により、期間の定めのない労働契約を締結した者の内、
就職から6か月以内に離職した者(解雇により離職した者を除く。)の数
(3)手数料に関する事項
(4)その他厚生労働省令で定める事項

 これらの情報提供は、時代を反映してWeb上にて公表されることが前提となっており、厚生労働省の「人材サービス総合サイト」への掲載により公表するとともに、必要に応じてインターネットと接続してする方法により(自社のHP等へのリンクを想定しているものと思われます)情報の提供を行うものとすることが予定されています。「職業紹介業界」と一口に行っても幅広く、戦後ずっと地道に行われてきている家政婦(夫)紹介事業者をはじめとした在来型の方々の一部には、まだPCと無縁な事業者がいらっしゃらないわけではなく、筆者としてはデジタルデバイドをどう埋めるのか気になり、事業者団体の支援も必要ではないかという気がします。
ちなみに、人材ビジネス隣接業界の労働者派遣事業者は、すでに平成24年からその派遣労働者数、派遣先事業所数マージン率や平均派遣料金、派遣労働者の平均賃金などについて、同様の方法によっての公開が義務付けられて、実施されていますので、このあたりを参考にして職業紹介事業者は準備することになるのかと予測しています。

 筆者が特に注目するのは、上記(2)の持つ意味です。
 職業紹介については、大昔「口入れ屋」と呼ばれた歴史もあり、雇用する・勤務するという労働契約関係の当事者ではない「仲介者」という立場であることから、紹介・就職後の人材の労務管理や定着協力にどこまで立ち入って求人者(雇用主)に協力すべきか、以前から様々な論議がありました。
 昭和30年10月4日の最高裁第三小法廷判決では「職業安定法にいう職業紹介とは、求人および求職の申込を受けて求人者と求職者の間に介在し、両者間における雇用関係成立のための便宜をはかり、その成立を容易ならしめる行為を指称し、必ずしも、雇用関係の現場にあって直接これに関与介入するの要はないと解すべきである。」とし、必ずしも深く関わらなくても職業紹介であるという考え方を示しています。

 筆者の勤務先での求人(雇用)企業からの相談・クレイムにおいても、片や「紹介手数料を取っているのに、採用時に口をきくだけで十分に人材のことを知りもしないで紹介するのはけしからん。」「本人がすぐ退職しないよう協力してもいいではないか。」というご意見がある一方、逆に「いったんウチが雇用したのに、その人材に付きまとって迷惑。採用したら口を出すな。」という正反対のご意見もあります。
 今回の改正法案にある上記(2)の項目は、底流の所で「無期雇用で採用した労働者の定着に、職業紹介事業者は協力すべきだ。」という考えがあることが明確になったように思います。ちなみに人材協が会員に推薦している職業紹介契約書例には、「試用期間中の取扱い」として、「甲は、乙が紹介した人材について試用期間中、就業指導、定着支援等を求めることができる。この場合、乙は人材に対する就業支援等を行うよう努めるものとする。(甲=求人者、乙=職業紹介事業者)」としています。標準契約書式を作成時に、「いつまでも人材の労務管理にかかわることは『労働者供給』的になってしまうのではないか。」と悩みつつ、「試用期間は定着までの試みの雇用期間だから」と論議して上記のような条項にした記憶があります。

 今回の職業安定法改正が提出案どおりに成立すると、少なくとも期間の定めのない雇用契約のあっせん(「いわゆる正社員」の職業紹介)においては、紹介した人材が6か月もしないうちに退職してしまうような、定着しない人材を紹介することは好ましくない、という考え方がより鮮明になるということのように思えます。もちろん細かく過去の相談事例を振りかえると、就職後すぐに再度転職を考える人材の側の言い分として「入社してみると、募集時に聞いたものとは異なる労働条件だったので、紹介した人材会社に苦情を言い、自分の希望に本当に合う求人企業を改めて紹介してもらって、再転職した。」「配属された職場で、ひどいパワハラ、セクハラが横行していて我慢できず、自分で次の就職先を探した。」といった事例も一定数あり、問題は求人企業(雇用主)の労務管理にあると思われ、紹介事業者の責任のみ追及することはいかがなものかとも思えるところですが、一方で進められる「求人者の職場情報の公開」と双方の推移をみて、今回の改正の趣旨が評価されることになるだろうとも思っています。

 今回の法改正につき、人材ビジネス業界の一部には、情報公開のための事務煩雑さ等を理由に情報公開を渋る声もあるやに聞きますが、確かに紹介事業者にとって、紹介後の人材の定着度合いを追跡する業務が増加するという問題がありますが、視野を広く持てば、求人者・求職者にとって、自分の希望に応えてくれそうな職業紹介事業者を選択するにあたって、一方的な宣伝文句ではなく、実績データを閲覧することができるようになることは、より効率がよくなることでもありますし、職業紹介事業者にとっても自らの得意な業種や職種に合った求人求職を誘引する ことにもつながるという見方もできます。
今回の職業紹介事業者の紹介実績情報公開については、事業者は単に法や行政機関が定める項目をインターネット上に公表するだけでなく、各事業者が実績のある年齢層や地域なども含めて正確な情報を掲載した自社HPへのリンクも併せて可能なようにシステムを工夫し、正確な情報によって、利用者の選択に資する結果になり、「円滑な労働移動」に貢献するという考え方があってもよいという気がします。

以上

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)