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禁煙10年、職場の喫煙環境を考える

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 10年前の7月31日にC型肝炎治療で入院した際に最後の煙草1本を吸って、禁煙しました。正確に言うと「禁煙せざるをえませんでした」ということになります。C型肝炎治療のほうは、時間はかかったもののその後完治しましたが、今回はその副次的効果として成功した禁煙をめぐって書きたいと思います。

 筆者が社会人になった時の昭和40年代の職場は、男性の執務机の上には水を張った灰皿がおいてあり、勤務中も(書類を焦がさない限り)喫煙可能でした。企画を練ったり稟議書案を作成したりする時には本数が増え、灰皿が山盛りになりましたし、上司の灰皿の吸い殻の量で、上司のイラつき加減を推しはかったりしたものです。
 その後何度か職場を変わり、現在の勤務先には15年ほど前に転職したのですが、当時はここでも机上に灰皿がありました。仕事上、合併したばかりの厚生労働省に伺うことも多かったのですが、少なくとも旧労働省の組織の机の上には、当初書類の山の中に灰皿がおかれていて「火事の原因の一位は煙草の不始末なのだけれど大丈夫なのかなぁ」と、当時まだ喫煙者であった筆者でも心配になったものです。
旧厚生省からの強い要請があったのか無かったのかは存じませんが、その後まもなく厚生労働省の机の上からは灰皿が消え、各階ごとの喫煙コーナーに行ったほうが担当者の顔を見つけることが容易だった時代を経て、ビル全体で1箇所の喫煙所になるまではあっという間でした。
 その背景には煙草の害についての科学的研究の進展や、WHO総会でのたばこ規制枠組条約の採択(日本は2004年批准)があり、筆者にももちろんその情報が寄せられていて、頭の中では禁煙すべきと思って何回も禁煙を試みましたが、何十年にも及ぶ喫煙癖によってすっかり中毒状況となっていた身体が煙草依存を脱却できずに、気づくと我が手が煙草に伸びてくわえていることを繰り返していました。

 禁煙動機の第1位は健康(体調)、第2位が経済(煙草代節約)の理由と聞いたことがありますが、筆者の禁煙挑戦は、当初はその理由第1位の健康配慮(周辺へも含めて)だったことが挫折失敗の原因だったように思います。でも、冒頭の10年前の入院による十何度目かの禁煙挑戦の時は、第1位と2位の双方の理由がありました。
 わがままな話に聞こえるかもしれませんが、業務との関係で、入院可能な(仕事に穴をあけずに休める)時期が限定され、その時期に入院先のベッドは個室(差額ベッド代5000円/1日)しか空きが無く、治療費とは別に2週間の差額ベッド代に7万円もの費用が必要だったのです。当時1日500円以上を煙草代に消費していた身としては「ここで禁煙して煙草代を節約して、差額ベッド代の元を回収しよう。」と決心したわけです。
 入院中の環境は、強制的に禁煙せざるを得ない環境でしたし、肝炎治療の副作用で睡眠が浅くなったこともあって、煙草を吸う夢を何度も見ましたし、思わずポケットを探る自分の手に苦笑したりもしましたが、退院後も「ここで吸ったら経済効果が無くなってしまう。」と自分に言い聞かせ、無事禁煙10年目を迎えることができました。その間の経済効果は、仮に喫煙費用1日500円として、500円×365日×10年ですから、なんと180万円を超えたことになります。
 それでも過日の健康診断の際の主治医からは、「喫煙歴による心臓疾患誘発のリスクはほぼ無くなったと思ってよいが、肺癌やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)誘発のリスクは、以前よりずっと改善していてもゼロになったわけではないので」と言われてしまいましたけれど。

 行政の動向をふり返ってみると、1996(平成8)年に労働省は「職場における喫煙対策のためのガイドライン」を策定し、その後2003(平成15)年に施行された健康増進法において、施設管理者に対して受動喫煙防止対策を講ずることが努力義務化されたことを受けて、「非喫煙場所にたばこの煙が漏れない喫煙室の設置を推奨」「たばこの煙が拡散する前に吸引して屋外に排出する方式の喫煙対策の推奨」「喫煙室等と非喫煙場所との境界において、喫煙室等に向かう風速を0.2m/s以上とする」といった項目によって充実を図った新ガイドラインの策定に至っています。
 また2010(平成22)年には「受動喫煙防止対策について」という通知を発出し、「公共的な空間では原則として全面禁煙」とすることを示しています。2014年には、改正労働安全衛生法によって、職場における受動喫煙防止措置の努力義務が事業者に課せられ、翌年6月1日から施行されています。
 これらの社会的動向もあって、分煙禁煙の進んでいない飲食店等を除き、殆どの職場では非喫煙者が受動喫煙してしまう状況はずいぶん改善されたとは思いますが、喫煙習慣の残っている方からすれば、大変やりにくい社会になったと(元喫煙常習者としては)思います。
 しかし、禁煙職場で仕事をする非喫煙者となってみると、喫煙習慣の残っている先輩後輩同僚の離席頻度は何とかならないものか、とも思ってしまいます。仕事の忙しい時にはストレスも増え、喫煙回数・本数が増えて離席してしまうことは、元喫煙者として理解しますが、仕事の忙しいときほど、着信電話の数も多くなるわけで、そのたびに「電話伝言メモ」を作成して主のいない席に貼る周囲の同僚の立場を思い遣って欲しいとも思うわけです。
 もっとも、これも職場の分煙措置の急激な広がりがもたらしたものといえなくもないもので、完全禁煙の普及にもう少し時間がかかるのはやむを得ないと考えられるところです。

 いずれにしても「時代は変わった」のですし、喫煙は健康に多大な悪影響を及ぼし、多くの疾患リスクが高まるため、治療に要する医療費が非喫煙者よりも余分にかかることも明確になり(平成18年度職域における効果的な禁煙支援法の開発と普及のための制度に関する研究他)、禁煙治療の健康保険適用も始まったのですから、喫煙習慣の残っている方はぜひ‘禁煙プログラム’を受けて禁煙したほうが、ずっと素晴らしい人生になるとお勧めして、禁煙成功者からのメッセージとしたいと思います。
                                                    以上

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)