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経団連の2015年版「経営労働政策委員会報告」についての概要と感想

MMC総研 代表 小柳勝二郎

 例年出版されている経団連の経営労働政策委員会報告(以下経労委報告という)は、1月20日に発表され、さる1月29日には経団連と連合のトップ会談が行われて、2015年の春季労使交渉が実質的にスタートしました。経労委報告は毎年労使交渉に当たっての経営側の基本的な考え方を取りまとめ、経営者、組合員、国民に理解をしてもらうために公表しています。

 今年の報告書の副題は「生産性を高め、経済の好循環をめざす」とし、榊原会長の序文で概ね次のように述べています。「安倍政権がスタートしてから2年が経過し、企業の経営環境は大きく改善した。しかし、日本経済はいまだデフレ体質から脱し切れおらず楽観視は許されない。このままでは再びデフレ経済に戻りかねない。今まさに正念場で好循環を回すために経済界として一歩前に出た対応を図らなければならない」と賃金の引き上げに前向きの考えを示しています。
 そして「経済再生の主役は企業経営者で、自ら率先して生産性向上とイノベーション創出を追求し、拡大した収益を設備投資や研究開発投資、雇用の拡大、賃金の引き上げなどにつなげることで経済成長に積極的に役割を果たしていくことが求められる」としています。

 報告書の構成は3章建てになっていますが、報告書の中心は第3章の「2015年春季労使交渉・協議に対する経営側の基本姿勢」ということになります
 第1章の「持続的な成長を実現する経営環境の確立」では、企業の持続的成長を実現するために必要な環境整備を政府に求めた内容になっています。第2章は「生産性向上を実現する人材戦略」ということで、成長実現の担い手である企業はどのような経営をするかを記述した内容になっています。第3章はそれらの内容を受けてこれからの企業経営や労使交渉、賃金の引き上げにどのようの臨むかの経営側の基本的な考え方や対応の仕方を述べています。
 本報告書の関心が高い第3章「2015年春季労使交渉・協議に対する経営側の基本姿勢」から見ていくことにします。3章は、大きく5つの柱で構成されています。1.「労使パートナーシップ対話の更なる促進」として「労使のコミュニケーションの強化」や「春季労使交渉・協議のあり方」、「海外における労使紛争の現状と対応」が記述されています。
 労使関係は国、地域で大きく異なるがわが国では企業別労使関係を最も重視し、経営環境の変化に対して個別労使が一致協力して柔軟かつスピーディ-に対応できると評価し、企業は自社の存続・発展と従業員の雇用維持を図るため競争に勝ち残っていかなければならない。良好で安定した労使関係はわが国企業経営の強みであり、競争力の源泉であるとして今後とも重視するとの考えに立ち、これからもいろんな場を通じて対話をしていくことが望ましいとしています。また、近年の労使交渉・協議では月例賃金や賞与・一時金のみならず従業員のモチベーション向上策、中・長期的の経営・事業戦略、人材育成策など様々なテーマについて協議をしているとの実態を示しつつ、賃金等の労働条件は個別企業の労使が経営環境、支払い能力等をよく話し合って決めることが大切としています。
 また、わが国の海外進出に伴いアジアの新興国において労使紛争が頻発していることに関して、労使紛争の未然防止と発生後の迅速の対応として、進出先の国・地域の法令の遵守と国際条約の尊重、現地の文化や慣習への配慮が大前提で海外へ派遣する従業員に対しては、現地に関する知識・情報の提供、現地従業員のコンプライアンスに関する意識向上を図ることも有益としています

 2.「多様化する人事・賃金」については、経団連調査では8割の企業が「管理職と非管理職」が別の賃金体系になっているとしています。基本給構成の賃金項目の組み合わせは多岐にわたっているが、近年の傾向としては年齢・勤続給のウエイトは大きく低下する一方、職能給や業績・成果給、役割給の比率が高まっており、今後は、業績・成果給の占める割合を高めていきたい企業が多いとしています。
 また賞与一時金は、個別企業の業績で大きな差が出ることが常態化し、業績連動制を導入している企業が多くなっているとしています。昇給については勤続・年齢に応じた自動昇給のウエイトが減少し、査定による昇給や昇格昇給のウエイトが高まっていることや仕事・役割・貢献度を基軸とした人事・賃金制度への移行、一定以上の階層から査定幅が広くなり給与が変動する等はすでに企業で実施されているとしています。グローバル経営における人事・賃金制度の見直しも一部企業では実施されているが全世界横断的に公平性・一貫性・透明性を高める制度をどのように構築するかはこれからの課題としています。

 3.「総額人件費管理の徹底」。総額人件費は企業が従業員を雇用するために支出しているすべての費用で、その原資は企業が生み出す付加価値で、企業によって異なります。マクロ的には付加価値全体の7割を人件費が占めています。所定内賃金100とすると賞与、退職金、法定内外の福利費等を含んだ総額人件費は165.9と約1.66倍となっています。このことは所定内賃金を引き上げると総額人件費を増大させることになり留意すべきと指摘するとともに、法定福利費の伸びが現金給与総額(所定内外給与・賞与額)の伸びを大幅に上回っており、賃金を引き上げても社会保険料の増大によって従業員の手取り所得がほとんど増えていないため、法定福利費あり方の見直しを求めています。また、企業の労務構成が高くなることで総額人件費は増加するため、総額人件費の決定に際しては、今後の労務構成の変化が総額人件費に与える影響を踏まえて対応する必要があるとしています。また労使交渉上の諸問題について経営側は次のように考えています

 (1)労働側は今年2%以上のベア要求の根拠に①過年度の消費者物価上昇率②企業収益の適正な分配③経済の好循環を実現していく社会的役割の責任をあげています。これに対して経営側は、物価動向は賃金決定の考慮要素のひとつ、企業収益は個々の企業によって異なる、経済の好循環等は抽象的で根拠として具体性に欠ける等で全従業員に2%以上のベア要求を求めることは納得性が高いとは言えないとしています。また、厳しい経営状況にある中小企業の賃上げ要求が格差是正等の名目で大企業以上になっていることは、中小企業の現状を踏まえたものと言えないとしています。

 (2)非正規労働者の処遇については、賃金は労働市場の需給関係の影響を受けやすく、最近、需給が良くなっているため上昇傾向にあるが、今後は意欲と能力に基づく対応をするとともに、正規、非正規を問わずすべての労働者の人件費として考えることが重要としています。また、労働側が従来掲げていた「均等・均衡処遇」を「均等処遇」に変更したが、横断的な職務概念が一般的でない我が国においてはその対応は現実的でない。

 (3)今次労使交渉に向けては、賃金等の労働条件は、企業労使が徹底的に議論したうえで総額人件費の適切な管理のもと自社の支払い能力に基づき決定することが原則。

 (4)賃金の引き上げについては、月例賃金のみをさすのではなく賞与なども含め、名称の別を問わず従業員に支払うすべてを含めた多様なもので、賃金の引き上げ=ベースアップではない。ベースアップは、賃金を引き上げる場合の選択肢の一つして考える。

 (5)企業の労使交渉においては、労働組合の要求内容とその根拠を十分確認し、自社の状況や課題についての共通認識と理解に立って徹底した議論を行い、労使双方が納得できる着地点を見出していくことが望まれるとしています。

 全体の感想としては、経営側の賃金交渉に臨む基本的な考え方は、物価上昇の見方について経営側の考え方を示した程度で、全体的には従来からの延長線上の考えを述べています。重要視される人事・賃金制度や賞与については、最近の企業動向を踏まえた内容になっており特に目新しい考えを示しているわけではないが、今後、グローバル競争が一層進む中で、優秀な人材の確保・育成・活用・処遇制度の見直しに当たっては、透明、公正、従業員が納得できる人事・賃金・評価制度をどのように構築するかは大変重要な視点で、早急なる対応が求められています。
 トピックスは重要な課題を解説しており、理解を高める意味でよい対応と言ってよいでしょう。その中で、賃金がらみの問題として話題になっている「内部留保」を前年に引き続き取り上げたことや「グループ経営の進展と賃金交渉」を取り上げたことは、これからの経営のあり方や労使交渉に当たって業績と賃金との関係をどのよう範囲で考えるのか、海外企業の業績も関連してくるため企業としての考え方を整理しておく必要があります。
 第1章、2章とも、企業の持続的成長や賃金の引き上げを可能にするための政府、企業が行うべき環境整備を述べたものでいずれも重要な点ですが、第3章も含めて長すぎるところも多々あり、簡潔にして分かりやすく整理をすればページを少なくなり、さらに読みやすくなるでしょう。

 第1章は、「持続的な成長を実現する経営環境の確立」とし、政府に対して大きくは次の2点をあげています。1点は、経済の好循環実現に向けた重要政策課題として①規制改革の推進として労働時間、農業、医療など②法人実効税率の引き下げ、③低廉・安定的な電力供給の早期回復④高齢者医療制度の見直しなど社会保障制度改革の推進⑤地域の活性化⑥中小企業に対する支援
 2点は雇用・労働に関する政策的課題として①労働時間制度改革の推進②多様な働き方の推進③若者雇用を巡る課題④労働者派遣の見直し⑤外国人材の受け入れ推進、⑥職業能力開発行政を巡る課題⑦最低賃金を巡る課題となっています。

 第2章は「生産性向上を実現する人材戦略」のタイトルで、二つの点から記述しています1点は「成長し続ける人材」の育成と活躍の推進で、人材の有効活用により生産性の向上を実現する必要性を述べています。その内容は①女性の活躍推進②高齢従業員の活躍推進③グローバル人材の育成と活用、2点は「健康でメリハリある働き方の推進」で次の点を指摘しています。①企業が従業員の健康管理に積極的に関与し、健康で生き生きと働く職場づくりをめざす「健康経営の推進」を提起しています。②「長時間労働の抑制に向けた取組の推進」として、恒常的な長時間労働の見直し、企業労使が話し合い、職場実態に合った対策をとること③「仕事と育児・介護との両立」実現のための対応策につて述べています。