インフォメーション

労働あ・ら・かると

「ホワイトカラー・エグゼンプション」に想う

京都大学公共政策大学院教授 久本 憲夫

今年4月22日、産業競争力会議 雇用・人材分科会主査の長谷川閑史氏による「個人と企業の持続的成長のための働き方手改革」は大きな反響を呼んだ。とくに久しぶりに「ホワイトカラー・エグゼンプション」が話題となっている。

ここでは、2つの点を指摘しておきたい。1つは「前提」の重要性、もう1つは「現状のホワイカラー・エグゼンプション」である。まず、前者について。報告はいう。「過去の労働改革においては、働き過ぎやそれに伴う過労死、なかんずく法令の主旨を尊重しない企業の存在のために、前向きな議論や検討が妨げられてきたケースもある。

そのため、働き過ぎ防止や法令の主旨を尊重しない企業の取締りなどを徹底したうえで、経済成長に寄与する優良かつ真面目な個人や企業の活動を過度に抑制することのないような政策とすることが重要である」と。

そして「まずは、長時間労働を強要するような企業が淘汰されるよう、問題のある企業を峻別して、労働基準監督署による監督指導を徹底する(労働時間の実績に関わる情報開示の促進など)。本来、経済成長に寄与する優良かつ真面目な個人・企業の活動を過度に抑制する制度は好ましくなく、労働法制においても、企業・行政からの情報開示を促したうえで、過度な事前規制型から事後監視型へ転換していくべきである」と。

なかなかの観点である。しかし、問題はこの前提が本当に「前提」なのかということである。前提が達成されなければ、その後の施策はあり得ないはずである。しかし、前提をないがしろにして行われた労働改革は、この報告が言うように少なくない。今回もその二の舞になりかねないのではないか。事後監視型にするのであれば、労働基準監督官の数倍の増強が必要だし、違反企業に対する大幅罰則強化が必要となる。

しかし、その点については抽象的である。前者は労働行政内からのやりくりで何とかしようということだし、大幅罰則強化もあいまいである。

もう1つの論点は、日本には「ホワイカラー・エグゼンプション」の人々がすでに多いということである。労働政策研究・研修機構の調査によれば、「管理職クラス」の労働者は日本の労働者の約14%程度に達する(労働政策研究・研修機構(2008)『働く場所と時間の多様性に関する調査研究』労働政策研究報告書No.106)。彼らの多くは、「管理監督者」として、企業内では労働時間規制の適用除外となっている場合が多い。

さらに、「事業所外みなし労働」はもとより、残業時間にかかわりなく、一定額を「残業手当分」として支給されている労働者も少なくない。やや古くなるが、連合総研のモニター調査の個票を再集計したところ、回答者の大卒比率が高いという点は割り引いて考えねばならないが、正社員の実に4割が「残業手当」を支給されない身分であると答えていた。さらに驚くべきことに、こうした「ホワイトカラー・エグゼンプション」で最も人数が多い年収は、400万円台で、つぎが500万円台、そして300万円台であった。もちろん1000万円を超える層もいたが、全体の15%程度に過ぎなかった(連合総研『DIO』2006年2月号)。

確かに中小企業で、年収200-300万円台の「正社員」が多い企業では、「ホワイトカラー・エグゼンプション」は「一般社員」よりも年収は多いかもしれないが、日本全体から見れば、こうした低賃金ホワイトカラー・エグゼンプション、マスコミ的に言えば「名ばかり管理職」に対する労働時間規制を考えることも必要ではないだろうか。