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労働あ・ら・かると

過労死防止対策推進法成立とホワイトカラー・エグゼンプション

労働時間規制の適用を除外する「ホワイトカラー・エグゼンプション」導入について、すでに決定されたような報道が目につきます。「年収1千万円以上は残業代ゼロ」といった見出しがある中、6月16日の衆院決算行政監視委員会の席上で、安倍首相はこの対象者の年収要件について、「経済は生き物だ。将来の賃金や物価水準は分からない。」と述べ、現在検討中の「少なくとも1千万円以上」から将来的に引き下げる可能性について含みを残したと報道されています。このような報道を見聞きするにつけ、まるでホワイトカラー・エグゼンプションは「労働時間規制の適用除外」の話ではなく、「時間外賃金支払い免除」の話であるような錯覚に陥りそうになります。

昨年12月の規制改革会議に提出された雇用ワーキング・グループの資料では、冒頭に「健康確保の徹底のための取組み」として「わが国ではフルタイム労働者の総実労働時間は過去20年ほど変わっておらず、長時間労働はいまだに大きな社会問題である。健康確保を徹底するために、労働時間の量的上限規制の導入が必要である。」と述べ、続いて「ワークライフバランスの促進」に言及して年次有給休暇消化率、長期連続休暇の取得率が国際的にみても低いことを課題として「休日・休暇取得促進に向けた強制的取り組みや、労働時間貯蓄制度(時間外労働に対して割増賃金ではなく休暇を付与する制度)の本格的導入などが必要である。」と指摘して後、「一律の労働時間管理がなじまない労働者に合った労働時間制度の創設」と記載してあったのは、「衣の下の鎧」であったのだろうかと腕を組み首を傾げる人が多いのも理解できます。

論議にあたって、「労働時間の量的上限規制」と「休日・休暇取得に向けた強制的取り組み」「新たな労働時間制度の創設」は相互に連関した課題であるので、それぞれが個別に議論されると、使用者側・労働者側いずれかからの反対を受けて議論が進まないことを理由として、個別ではなく3つをセットとして「労使双方が納得できるような制度の創設」の議論を提唱したはずなのですが、冒頭のように「残業代を支払わなくて済む」論議ばかりが目につき、「どのように長時間労働を克服していくのか」が後ろに追いやられているのはとても残念に思います。今までの議論では働く側の意見や気持ちを代弁する声はほとんど聞かれなかったので、これからの労働政策審議会の場では、公労使の三者構成なのですから、組織化されていない多様な労働形態で働く人びとの視点も含めた労働側の意見や学識研究者の方々からの労働時間短縮論など、によってバランスのとれた議論が為されることを期待したいと思います。

ただ、そんな中で超党派の議員連盟が議員立法で提出した「過労死等防止対策推進法」が、6月20日に参院本会議で採決され成立したことは、他のニュースに押されがちで影が薄いようにも思われますが、「はじめの まじめの 一歩」として注目に値すると思います。

もちろん、この法律は直接的に労働時間をとりあげ、その時間数を少なくすることを目的とするものではありません。あくまで社会問題となっている「過労死等」を防止するための基本理念を定めているもので、法案には「労働時間のろの字」も見当たりませんし、規制や罰則を定めるものでもありません。

しかし、「自死を含む過労による死亡や、脳血管疾患などの健康障害」を防止するには、「働き過ぎを止める/働かせ過ぎを止めさせる」ことが大きな効果を挙げるであろうことは想像するに難くないですから、この法律は見方によってはそのことを公に調査研究して白日のもとに明らかにすることが主眼とも見えます。

「過労死等防止対策推進法」は、過労死等はあってはならないという基本的認識の下で、勤労感謝の日がある11月を「過労死等防止啓発月間」と定め、国、地方公共団体の責務、事業主の責務、国民の責務(お上だけの問題にしないこの視点は素晴らしいと思います。)を明記し、3年後には検証することを記しています。行政はもちろん、人を雇用する側も働く側も、双方がこの法律の趣旨を尊重して活動することが求められ、さらに直接当事者だけでなく全国民に対して過労死等を防止することの重要性を自覚し、関心と理解を深める努力を求めているといえます。

過労死等防止対策推進法案

18年前に当時20歳代であった若い友人を過労死で失ったことを心に刻みつつ、この法律が、遅々として見えるかもしれないけれども、着実な「働き過ぎ防止」の実現に近づくことを、期待したいと思います。

注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。

【岸 健二 一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長】