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労働あ・ら・かると

「ブラック企業を紹介するな」というクレイム

「若者の使い捨てが疑われる企業」「違法な労働条件下で人材を働かせる雇用主」といった定義が定着しつつあると思える「ブラック企業」という言葉ですが、最近私の仕事である「民間職業紹介を利用しての苦情の受付と対処助言」窓口への、人材の方からの電話やメールでの苦情申立ての中にも、よくこの言葉が使われるようになってきました。

その内容で多いのが、「人材会社から紹介されて求人企業に面接に行ったが、とんでもないブラック企業だった。面接交通費、時給、慰謝料を、その紹介会社に支払ってもらいたい。」「人材会社に求職登録したら、紹介してくる会社はブラック企業ばかりで、まともな求人がない。もう少しマシな求人はありませんか。悪い求人は受付を拒否し、良い求人を選んで紹介してほしい。」というパターンです。

確かに、新卒を大量に採用し、見返りの無い滅私奉公とでもいうべき過重労働を課して、将来ある若者を使い捨てるような企業は社会的に糾弾されるべきですが、一方で「ブラック企業」という言葉ばかりがひとり歩きしそうな使われ方には、首を傾げざるを得ません。

また、ハローワークでも民間職業紹介業でも、職業安定法により「全件受理の原則」というものがあり、明らかな法違反事項がない限り、寄せられたすべての求人を受け付けなければならないのです。

ちなみに、職業安定法第5条の5では、次のように定められています。

第5条の5(求人の申込み)公共職業安定所及び職業紹介事業者は、求人の申込みはすべて受理しなければならない。ただし、その申込みの内容が法令に違反するとき、その申込みの内容である賃金、労働時間その他の労働条件が通常の労働条件と比べて著しく不適当であると認めるとき、又は求人者が第5条の3第2項の規定による明示をしないときは、その申込みを受理しないことができる。

しかも、民間事業者は受け付けた求人票の記載事項についてその真偽を確認するすべが殆どなく、上記条文は、言わば性善説に立って(明らかな法違反を求人票に書く企業はほとんどありません。)その書面を受け付けなければならず、かつ仮にその求人票に虚偽があっても判らず、職業安定法第65条8号に「虚偽の広告をなし、又は虚偽の条件を呈示して、職業紹介、労働者の募集若しくは労働者の供給を行つた者又はこれらに従事した者」について「6月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。」と定められていたとしても、その虚偽記載を発見して受付不受理(拒否)とすることの実現ができない現状があります。

厚生労働省HPにも、(この質問そのものは求人誌の記載が実際と異なるというものですが)「求人誌やハローワークに掲載されている求人票はあくまでも募集の際に提示する労働条件の目安であり、労働基準法第15条で定める労働条件の明示には該当しません。なお、ハローワークに掲載されている求人票の条件と実際の条件が異なる場合は、まずはハローワークにご相談ください。」と記載しています。

もっとも、求人の際の条件と実際に働いての条件の差についてのTV報道などをきっかけに、この3月からハローワークの紹介業務において求人票と実際の労働条件が異なる場合の対策を強化するとして、厚生労働省では「ハローワーク求人ホットライン」を開設していますし、コンプライアンスを重視する民間の事業者の主なところは人材協等の事業者団体に加盟しており、事業者団体が労働局と連携して同様の機能を果たしていますので、手をこまねいているわけではないのですが、残念ながら事後策であり、求人受付段階での虚偽記載事前防止策には十分ではありません。

しかし、良心的な人材紹介事業者は、民間ならではの様々な工夫をして、求職者の方々、スカウト対象人材の方々に、法定の「求人票」には掲載しきれないご紹介先の企業の職場環境の様々な情報を提供していますし、ハローワークも場所によっては外部のインターネットにアクセスできるPC環境を整備し、求人企業についての情報を広く収集する機会を提供していますので、「悪意ある風評」や「根拠のない匿名バッシング」と「的確なコメント」「当事者の指摘」の区別をする必要はありますが、前述のように「求人票記載事項」には限界があることをご理解いただいた上で、広く情報を収集して、人材の皆様には就職転職活動をしていただきたいと思います。

なお、冒頭に触れた「紹介してくる会社はブラック企業ばかりで、まともな求人がない。もう少しマシな求人はありませんか。」というクレイムをお電話で戴いた方は、ホテルレストラン関連の職務経歴をお持ちの方で、昨年暮れ、ちょうど食材偽装問題が大きく報じられ、多くの有名ホテルが毎日のように謝罪会見する姿がTVで見られた時期に転職活動をされていた方でした。食材偽装を行った企業も“ブラック企業”とみられたようです。

ですので、ホテル業界の問題点についてのご意見も長く時間をかけて伺い、ご本人の転職先のご希望が「やはりホテル業界で今迄の経験を活かしたい。」というご意向でしたので、「未だに事実を調査公表しないホテルよりは、真摯にマスコミで謝罪して再発防止しているホテルでご自分のキャリアを活かすという発想はどうでしょうか?」と助言申し上げ、「どのような視点で今回の食材偽装問題を捉えているホテルなのか、是非面談の場面で確認してご自分のこれからの職場を探してはいかがでしょうか。打診を受けているのにTVで謝っているからと言って悪い会社と決めつけず、面談してから判断しても遅くはないですよ。」という私の話を聞き入れていただき、ご納得を得ました。

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)

【岸 健二 一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長】