労働あ・ら・かると
「代行」という言葉の落とし穴 ~「モームリ」の判決に思う~
一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二
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〇先月末に、退職代行サービス「モームリ」の運営会社に対して、東京地裁は有罪判決を出しました。執行猶予はついたものの、刑期(元代表2年、その妻1年6カ月)も罰金額(法人罰金200万円)も求刑通りという内容ですから、決して軽い判決とは言えません。
〇判決文を入手したわけではなく、控訴の有無についても確認出来ていませんので即断は禁物ですが、報道されているところによれば、「モームリ」は依頼を受けた人に代わって退職の意思表示や退職に伴う手続きを行い、さらには在職中の時間外労働賃金について雇用主と交渉することもあったということです。仮にそうした行為が認定されたのであれば、それは弁護士法が規制する非弁行為に当たると裁判所が判断すること自体は、決して不思議なことではないでしょう。
〇「モームリ」事件によって、法曹界や法務担当業務に携わった人以外にはあまりなじみの無かったかもしれない「非弁行為」という言葉が一気に普及したような気もいたします。
〇弁護士でない人が、代理人として本人に代わって交渉したりするなどの法律行為を行うことが規制されているのは、当然のルールともいえます。
〇十分な専門的法律知識と一定の資格を持つ人でなければ、依頼者にとって不利な条件での和解を成立させてしまったり、誤った法的判断によって依頼者に損害を与えたりする可能性があるからです。
〇法律事務を誰でも自由に扱えるようにしてしまえば、個々の依頼者の利益が害されるだけではなく、社会全体の法秩序にも影響します。その意味で、法律行為を誰が行えるのかについて資格制度による線引きを設けることには、明確な意味があります。
〇「モームリ」判決の報道を聞きながら人材紹介業界を振り返ってみると、かなり頻繁にエージェントという言葉が出てくることが気になります。
〇「これは法律上の代理人ということではないですよ」と、人材業界に入りたての若い方に話すと、「いや、僕らだって人材に代わって、給与交渉をしてますよ」と平気で口にすることに驚きます。
〇人材会社の名前にもエージェントとつくところがいくつもあります。英語の訳し方にもよるのでしょうけれど、日本の民法の考え方では、代理人と使者の違いは全く違うということが教えられていないことに愕然とします。
〇さらに今「採用代行」と称するビジネスも闊歩し始めているようにも思います。
〇社員の募集・選考等の採用業務を外部に委託することは、職業安定法上の「委託募集」となり、有料で行うのなら労働大臣の許可を受けなければならないのではないかと、多くの読者の皆さんは思うでしょうが、あくまでも会社が募集・選考は行うとして、例えば採用試験の問題作成、実施等を外部に委託するだけであれば、事業主以外の第三者が募集したとまではいえず、「委託募集」とはならないでしょう。
〇従来はその職務内容の段階で区分けして
〇(1)単なる「採用事務補助」=応募者の書類整理をはじめとした事務処理の補助(これは人材派遣の形態でも行われています)
〇(2)「応募者の採用選考の日程調整などの補助」=前項に加えて、適性検査の実施や面談日程の調整作業を担う
〇(3)「上記項目を総合的に請け負い、運営受託をする」
〇という整理が、人材紹介業界では行われてきました。(3)については「許可を取得している人材スカウト型職業紹介事業者に募集を委託する場合は、当該職業紹介事業者に求人を申し込んだものと解することが適当であり、委託募集の許可は基本的には不要である(募集・求人業務取扱要領)」とされているので、許可を受けた職業紹介事業者が受託する分には違法ということはないと考えられてきました。
〇しかし最近のテクノロジーの進化によって、AIがスカウトメールを作成・送配信する行為、AIによる面接、AIによる問合せ対応などが登場している現実に直面して、先月末の開催された労働政策審議会(職業安定分科会労働力需給制度部会)の公表資料にも、規制改革実施計画に掲載されている「AIを活用した採用代行の職業安定法上の許可要否及び許可要件の明確化」が課題となっていますので、時代の動向に合致した今後の論議の動向に注目する必要があるでしょう。
〇また、「代行」といえば、前述の人材から雇用主への退職意志表示や退職にあたっての手続きや請求を代行する「退職代行」とは、当事者が異なりますが、求人者から内定取消手続きを要望されて困った人材紹介会社からの筆者への相談も定番です。
〇筆者としては「職業紹介許可というのは雇用関係の成立をあっせんすることについての厚生労働大臣の許可であり、成立した、あるいは成立しかけた雇用関係を解消させることの許可は受けていないのだから、そのような内定取消手続きを『代行』するようなことをしてはならない」と答えています。
〇「代行」という言葉は非常に便利です。
採用代行。退職代行。給与交渉代行。手続き代行。
〇「自分では面倒なことを、専門家に代わりにやってもらう」という意味で使えば、消費者にも非常に分かりやすい言葉です。
〇しかし、法律の世界では、「誰かの代わりに何かをする」という一見単純な行為の中に、代理、使者、仲介、斡旋、事務処理の補助、法律事務など、まったく異なる法的性質が含まれています。
〇だからこそ、「代行」というサービス名だけで判断したり、安易な使い方をしたりしてはならず、実際に誰が、誰のために、何を判断し、誰に対してどのような意思表示をしているのか。そして、その行為によって法律上の効果が誰に帰属するのか。具体的な行為に分解して理解しなければならないと思うのです。
〇民法第99条以下に定められている「代理人がその権限内において本人のためにすることを示してした意思表示は、本人に対して直接にその効力を生ずる」ことをはじめとした規定を理解すれば、そう簡単にものごとを「代行」できるものではないことが判る筈ですし、「仲介人/斡旋者」にしか過ぎない職業紹介事業者が、安易に「代理/代行」を口にすることの意味を理解せずに「交渉」をしてしまうことの責任の重大さについては、さらにあらゆる機会を捉えて声を大にしなければならないことを再認識させられる「モームリ判決」でした。
〇以上
〇(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)

