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労働あ・ら・かると

非常時のエッセンシャルワーカー、平時のエッセンシャルワーカー

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

今回の熊本地震で被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。

七月も終わりに近づき、八月のこの欄の原稿を「夏休みに猛暑の中のエッセンシャルワーカーの働きを想う」と題して書き始めた、その矢先でした。
熊本を震源とする大地震の一報が飛び込んできて、原稿の表題はその瞬間に内容にそぐわないものになりました。

突然の大災害に言葉を失い、熊本に居る知己の安否が気掛かりで、しばらくは筆を進める気持ちになれませんでした。幸いなことに被災しながらも無事との連絡を受け、ようやく気を取り直して題をご覧のように変更し、PCに向かっています。
TVニュースの画面には、真夏の強い日差しの下、瓦礫の中を歩く消防団や消防隊員の姿が映り、汗を拭う暇もなく電柱に登る作業員、水道管の復旧に黙々と取り組む人々。その映像を見つめながら、遠く東京にいる私は、何もできない自分にもどかしさを覚えるばかりでした。
災害は、普段見えない仕事を照らし出します。救助に向かう人だけではありません。道路を直す人、水を届ける人、ごみを運ぶ人、介護施設で高齢者を支える人……。それまで背景だった仕事が、1つひとつ目前に現れてきます。

一方、被災地から遠く離れた東京でも、猛暑のなかで働くエッセンシャルワーカーの姿を毎日のように目にします。
汗を拭いながら小走りでごみを収集する外国人材らしき作業員、重い荷物を抱えて走る宅配便や郵便の配達員、炎天下で交通整理や警戒にあたる警察官の方々です。熱中症には十分気を付けていただきたいと願わずにはいられません。
私たちは普段、電車・地下鉄が時刻表に運行され、コンビニで飲み物を買い、スーパーに食料品が並び、病院で安心して診療を受けられることを当たり前のように受け止めがちです。しかしその「当たり前」は、猛暑の日も極寒の日も、あるいは大きなストレスにさらされる状況でも、現場で働く人々の努力によって支えられています。
災害が起きると、救助や復旧に携わる方々に注目が集まります。そして、平時には目立たない「日常を支える仕事」が、非常時には「生活を止めないための仕事」として改めて脚光を浴びます。
私たちは、その恩恵を受けながらも、その働きを意識する機会は決して多くありません。しかし、普段から社会を支えている人々が、そのまま非常時には最前線に立っている姿を見ると、平時と非常時は決して切り離されたものではなく、非常時は日常の延長線上にあることを改めて考えさせられます。

被災地の映像には、消防、警察、自衛隊、医療従事者に加え、市役所や町村役場の職員の姿も映し出されています。ご自身も被災しているかもしれません。家族や友人の安否を気遣いながら、それでも「支える側」として職務を果たしているのだろうと思うと、胸が熱くなります。
また、他県ナンバーの救急車や応援部隊が活動する様子は、まさに共助の具体的な姿です。画面にはあまり映りませんが、電気や水道などインフラの復旧工事も着実に進められているようです。「10年前の熊本地震からようやく復興を実感し始めたところだったのに」という被災者の方の言葉も、深く胸に残ります。
高齢化が進む現在では、介護施設の入所者を守る職員の方々もまた、欠かすことのできないエッセンシャルワーカーです。
本稿が掲載される頃には、ボランティアの方々も本格的に現地で活動を始め、復旧作業も次の段階へ進んでいることでしょう。その陰では、災害廃棄物の収集・処理という重要な仕事も動きはじめています。

911アメリカ世界貿易センタービル周辺の消防士・警察官の多数の死者数、117阪神大震災・311の東北地方太平洋沖地震、一昨年1月の能登半島地震の情景を想い起し、今年になってから報道されたベネズエラ、フィリピンコロンビアの大地震の映像を脳裏に浮かばせながらも、今回改めて再認識したのは、復旧は決して1つの職種だけで成り立つものではないということです。
救援物資を搬入するには、救助隊が活動するには、道路が確保されなければならず、そのためには建設業の力が欠かせません。避難所の運営には給水や物資輸送が必要であり、医療活動も電気や通信があって初めて十分に機能します。それぞれが相互に支え合うことで、復旧活動全体が成り立っています。
エッセンシャルワーカーの仕事は、社会が問題なく動いているときほど目立ちません。ごみが回収され、蛇口から水が出て、荷物が届き、日が暮れて街灯がともり、病院が機能することは、私たちには「当たり前」の日常です。しかし災害が起きると、その当たり前が、どれほど多くの人々の献身によって支えられているかを痛感します。
だからこそ、私たちにできることは、災害の時だけ感謝するのではなく、平時から社会を支える人々に敬意を払い、その働きを忘れないことではないでしょうか。
災害は、いつ、どこで起こるか分かりません。その時、私たちは助ける側になることも、助けられる側になることもあります。だからこそ、非常時だけでなく平時にも、社会を支える人々への感謝と注目と理解を忘れずにいたい。その積み重ねこそが、災害に強い社会を築く土台になるのだと思います。
ごみ収集車がいつもの時刻にやって来る朝、水道の蛇口をひねれば水が出る昼、荷物が玄関に届く夕方。その静かな日常は、誰かの仕事の積み重ねの上に成り立っていることを改めて認識します。エッセンシャルワーカーという存在を思い起こすべきなのは、何事も起きていない一見平穏な日なのかもしれません。
非常時の活躍を称えることはもちろん大切です。しかし、平時のはたらきにも、同じだけの敬意を払い続けたい。今回の震災は、そのことを改めて筆者に教えてくれました。

以上

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)