労働あ・ら・かると
高齢労働者を労災事故から守ろう ~4月から事業者に高齢者の労災防止を努力義務化に~
労働評論家・産経新聞元論説委員・日本労働ペンクラブ元代表 飯田 康夫
〇わが国社会は、いま少子・超高齢化の中にある。60歳、65歳で定年退職後も元気な高齢者の姿を見かける。老後の生活を考えると、収入面や健康面で、どうしても老後不安が付きまとう。まだまだ健康だし、過去の経験を活かしたい、あるいは新たな仕事にチャレンジして少ない年金にいくらかでも上積して収入を増やしたいと考え、働くことで、健康をも維持したいと考える高齢者が多くいるのが現実だ。
〇それら高齢者世代は、いま多様な形で仕事に取り組みたい、働きたいとその意欲は高いものがある。その一方で企業側からは、労働力不足、人手不足が追い打ちをかけ、定年後も高齢者に職場を開放し、働く場づくりを増やす姿勢を見かけるのが昨今の動きだ。
〇その高齢者世代だが、高齢になっても、まだまだ気力は若い者には負けないと自負するご仁も多い。だが、とかく体力的にみると若い時と違って、衰えが見え、立ち居振る舞いがどうしても鈍くなる。仕事中に思わぬ転倒やケガなど労災に遭遇することが目立ってくる。その労災事故だが、厚労省の調べによると、ここ5年間連続して休業4日以上の死傷者を出す労働災害が対前年比で増加傾向にあるという。企業側からも人手不足を補う一環として、高齢者世代の雇用を増やす姿勢が高まる傾向にあるものの、思わぬ労災事故に遭遇し、やはり高齢者にはムリをさせられないという現場の声も、漏れてくる。
60歳以上の働き手は全雇用者の19.1%も、労災に占める割合は30%
〇総務省調べの人口動態調査の変化や高齢者世代の健康状態の良さからみて、雇用労働者全体に占める60歳以上の高齢者世代の働き手は1,171人、19.1%(令和6年時点)と2割に近い。その一方で、労働災害による休業4日以上の死傷者数は13万5,718件で、全体に占める60歳以上の高齢者世代の割合は4万654件で、実に30%という異常に高い発生率を見せる。
〇労災発生率を示す度数率でみると、高齢という加齢に加え、体力的に問題を抱える層が多く、年齢を重ねるごとに上昇していく傾向にあるという。同様に、いったん労災に見舞われると、休業見込み期間も加齢に伴って長期間となってくる。
〇労災事故の種類・発生状況や年齢層別死傷災害の度数率では、職場での「転倒による骨折」や「墜落・転落」が60歳以上という加齢も加わって、動作が鈍くなり、著しく高まる傾向にあるとのことだ。
〇高齢者世代の身体機能の状態と労働災害発生の状況を中央労働災害防止協会の「年齢別の身体機能の測定結果」からみると、当然、想定されることだが、加齢とともに評価値が低下する割合が増え、60歳以上になるとそれが顕著に表れるとのこと。労災事故の多くは、建設業や製造業、陸上貨物運送業、林業で目立つが、高齢者世代が多く働く介護施設などの福祉施設や小売業・卸売業などの第三次産業でも思わぬ労災事故が発生しているのだ。例えば、小売業などスーパーの裏方で足を滑らせ、転倒する、家庭内に限らず、何ら障害物のない床面でつまずくなどの事例が後を絶たない。このように業務に起因する労働災害リスクに加え、残念ながら加齢に伴う筋力低下から身体のバランスが衰え、その低下から労働災害に直結するケースが多い。
労働安全衛生法に基づく高齢労働者の労災防止に5つの指針
〇こうした現実を踏まえ、厚生労働省は、この4月から事業者に向け、働く高齢者世代の労働災害の減少、防止に乗り出し、労働安全衛生法に基づいた指針を作成、事業者に努力義務を課すことになった。その指針は以下のようである。
〇高齢労働者の労働災害防止のための指針ポイントを列記すると次のような点が挙げられる。
〇① 安全衛生管理体制の確立 ・企業内相談窓口の設置
〇② 職場環境の改善 設備・装置の導入 ・床や通路のすべりやすい箇所の防滑素材の採用
・補助機器などの導入により人力取扱重量の抑制
・警報音の音量は、聞き取りやすい中低音の音を採用
〇③ 高齢者の健康や体力の状況把握 ・定期健康診断の確実な実施
・加齢による心身の衰えチエック票などの導入
〇④ 高齢者の健康や体力の状況に応じた対応 ・労働時間の短縮
・深夜業の回数減
〇➄ 高齢労働者に対する教育 ・写真や図、映像などの文字以外の情報の活用
〇これら5項目以外にも、高齢労働者と協力して取り組む事項として、労使協力のもと高齢労働者が自らの身体機能や健康状況を客観的に把握し、健康や体力の維持管理に努めること。高齢になってから始めるのではなく、青年・壮年期から取り組むことが重要だとする。同時に、事業者が行う労働安全衛生法で定める定期健康診断を必ず受けるとともに短時間勤務などで当該健康診断の対象とならない場合には、地域保健や保険者が行う特定健康診査などを受けるよう努めること。さらに、事業者が体力チエックなどを行う場合にはこれに参加し、自身の体力の水準について確認し、気づきを得ること。また、日ごろから足腰を中心とした柔軟性や筋力を高めるためのストレッチや軽いスクワット運動などを取り入れ、基礎的な体力の維持と生活習慣の改善に取り組むこと。各事業所の目的に応じて実施されているラジオ体操や転倒予防体操などの職場体操には積極的に参加すること。通勤時間や休憩時間にも簡単な運動をこまめに実施し、自ら効果的と考える運動などを積極的にとりいれること。適正体重を維持する栄養バランスの良い食事をとることなど食習慣や食行動の改善に取り組む。青年・壮年期から健康に関する情報に関心を持ち、健康や医療に関する情報を入手、理解、評価、活用できる能力の向上に努めることなど、指針できめ細かく記載している。
〇安全は、安全週間から、すべての人が“安全習慣“を身に付けたい
〇指針の5項目やこれらの取り組みは、いずれも高齢者の労働災害を防止する上で、欠かせない施策といえる。安全は安全週間を展開すればいいのではなく、ひとり一人しっかり安全を常時、身に付けた“習慣”となっていることが大事な点なのだ。
〇高齢労働者となれば、元気も大事だが、衰えてくる体力に、自分の判断で、勝手な理解を避け、若手の良き指導を受け止め、労災に遭遇しない働き方をしっかり身に着けることが、何をおいても大事な視点なのだ。
〇安全投資は、人材確保、生産性向上にプラスとなって反映される
〇同時に、安全投資の拡充は、事業主側が安全配慮義務を従業員に徹底していることを証明していることを示すもので、働く意欲を高め、生産性向上にプラスとなって現れること。人材確保の観点からも、労災の発生が皆無か、わずかであれば、あの会社は人を大事に扱う事業所として知られ、人手が確保しやすくなるなど安全投資は、企業経営とって、極めて効果のあるものだとの教訓と自覚がほしいと願う。

