インフォメーション

労働あ・ら・かると

雇用関係は「持ち家」ではなく「借家」的な意識を持とう

社会保険労務士 川越雄一

 

雇用関係を小難しく言えば「労働者が使用者に対して労働を提供し、使用者がその対価として報酬を支払うという契約に基づく関係」です。これを住宅に例えれば、所有である「持ち家」ではなく、家賃を払って使用する「借家」のようなものです。従業員が「持ち家」のような所有物であれば自由に扱えますが、「借家」だと釘一本打つにも貸主の同意が必要だからです。そして、今は「借家」的な意識が一層必要になっていると思うのです。

 

1.雇用関係が「持ち家」の意識でも良かった時代は

昭和の頃までは「持ち家」のように、採用した従業員を所有するような意識が強く、雇用関係というより師弟関係に近く、働く従業員側にもそのような意識がありました。ですから人事・労務など必要なかったかもしれません。

●経営者と従業員は師弟関係
特に中小企業では、経営者と従業員の関係が師弟関係に近いものでした。職場は単に知識や技能を教え伝えるだけでなく、人間的な成長を促す重要な場でもありました。もちろん、それは厳しい関係ではあったものの経営者も自分の身内のように喜怒哀楽を共にしていたわけで、そのような関係が成り立っていたのかもしれません。
●雇用の継続・中止は経営者の思いのまま
雇用関係は師弟関係に近いものでしたから、雇用の継続・中止は経営者の思いのままでした。従業員としては「会社に雇ってもらっている」という意識が強かったので、今のように解雇や雇止め云々という問題も少なかったと思います。経営者、従業員ともに契約に基づいた雇用関係という意識があまりなかったからでしょう。
●人事・労務など必要なかった
もちろん、中小企業に限ってですが、雇用関係が「持ち家」意識でも良かった時代は、せいぜい労働時間と休日くらい守っておけば、経営者が「右と言えば右」で良かった時代です。もちろん、厳密にいえば法律違反、裁判例に照らせば不適切なことも多かったと思いますが、よほどのことがない限り問題は顕在化しませんでした。

 

2.「持ち家」意識が通じにくい今どきの従業員意識

時代は大きく変わって令和の今、従業員意識も大きく変わり従来の「持ち家」意識は通じにくくなりました。従業員意識は企業規模にさほど関係なく、雇用関係は「借家」意識を持たないと納得しない人が多くなりました。

●ルールに則らないと納得しない
良くも悪くも今はルールの時代です。「借家」が賃貸借契約に則っているように、雇用関係も契約ですから同じです。労働時間、休日、休暇などルールに決められたようにしないと納得しません。ルールにないことを「そう言わなくても話せばわかるじゃないか」と説得しようとしても、「何をおっしゃっているんですか」と軽くたしなめられます。
●適切な説明をしないと納得しない
今はよく「説明責任」という言葉を見たり聞いたりしますが、労務でも例外ではありません。採用から退職に至る様々な場面で従業員に対して「説明」を求められます。昔なら経営者がルールブックみたいなものですから、いちいち説明することもなかったのですが、今は従業員が理解できるように説明しないと納得してくれません。
●長期決済システムを納得しない
「持ち家」の多くは住宅ローンによる長期決済、「借家」は毎月の家賃によるその都度決済です。雇用関係も同様に「持ち家」意識が通じにくい今は長期決済システムに納得しない従業員が増えました。つまり「今は苦労するけど、5年後、10年後には報われる」といった、一定の期間で帳尻の合う長期決済システムを納得してくれません。

 

3.「借家」意識をベースにした雇用関係

「持ち家」意識の雇用関係が通じにくい今の時代、契約をベースにした「借家」意識の雇用関係が求められます。その考え方として、住宅を借りる際のポイントが参考になります。

●採用時に退職時のことを決めておく
「借家」の賃貸借契約では退去時のことがあらかじめ決められています。雇用関係においても、採用時に退職時のことを決めておきます。例えば契約更新の有無、更新回数・通算契約年数の上限(有期労働契約の場合)、定年、退職、解雇事由などです。また、秘密保持契約なども退職時ではなく採用時に取り決めておきます。
●守ってほしい約束をする
「借家」の賃貸借契約では入居中の遵守事項が決められています。雇用関係においても入社から退職までに従業員として守るべき約束を決めておきます。一般的には就業規則や雇用契約書になりますが、これを基にして働いてもらいます。そして何か問題が起きた場合は、こうした約束を問題解決の物差しにすれば従業員の納得を得やすくなります。
●損害への備えをしておく
「借家」の賃貸借契約では住宅への損害賠償について決められています。雇用関係においても会社や経営者は、さまざまな損害賠償のリスクを負っていますから、予防策はもちろん、保険の加入など、その備えが必要です。例えば民法の不法行為責任、債務不履行責任、使用者責任、会社法による役員の賠償責任、役員の行為に対する責任などがあります。

雇用関係を住宅における「持ち家」と「借家」という視点で考えると、会社の労務管理にはどのような意識が必要なのかが明確になるのではないでしょうか。