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労働あ・ら・かると

均衡処遇を巡る近時の動向から見る、日本型雇用の終わりの始まり

安西法律事務所 弁護士 倉重 公太朗

1 現在の社会情勢
  世界経済が激動し、バブル崩壊以降失われた20年、30年などと現在進行形で言われている現在において、Brexit、円
 高、株安問題など日本を取り巻く経済環境が激変している以上、「好む・好まない」に関わらず、働き方についても変革を
 迫られている。
  ましてや少子化である。人口減少による労働力減少もまた確実である中、現在安倍政権のもとでは、「ニッポン一億総活
 躍プラン」や 「働き方改革実現推進室」の新設など、雇用改革は構造改革の本丸と位置付けられている。その中で、長時
 間労働の是正と共に目玉の一つとなっているのが「同一(価値)労働同一賃金」※︎の推進だ。

 ※純粋な意味での同一労働同一賃金でなく、同一価値を提供しているかがポイントとなる。

  昨年、「労働者の職務に応じた待遇の確保等のための施策の推進に関する法律」が制定され、その後も厚生労働省「同一労
 働同一賃金の実現に向けた検討会」において議論が続けられており、法制化がいよいよ現実味を帯びてきた中、既に現在立法
 されている労契法20条やパート労働法8条・9条の均衡処遇を巡る裁判(いわゆる「20条裁判」)の動きが遽に活発化し
 ている。

2 20条裁判の動向
  正規社員と非正規社員の待遇格差を問題とする20条裁判は、従前から議論されていた、古くて新しい問題である。有名な
 ところでは、公序良俗により、女性正社員と臨時社員の待遇差を違法とした丸子警報器事件(長野地上田支判 平8.3.15)が
 あるが、これまでの理解では、同事件は特殊な事例判決であるという扱いであった。
  むしろ原則的な考え方は、日本郵便逓送事件(大阪地判平14.5.22)に代表されるように、「賃金の格差が生じることは、
 労働契約の相違から生じる必然的結果であって、それ自体不合理なものとして違法となるものではない。」「雇用形態が異な
 る場合に賃金格差が生じても、これは契約の自由の範疇の問題」という考え方であろう。
  このように、従前、均衡処遇に関する損害賠償が認められるケースは極めて希とい う認識であり誤解を恐れずに言えば、
 実務的にもさほど重要ではない分野であった。
  しかし、パート労働法旧8条(現9条)違反による損害賠償を認めたニヤクコーポレーション事件(大分地判平25.12.10)
 、労契法20条違反による損害賠償を初めて認めたハマキョウレックス事件(大津地彦根支判平27.9.16、大阪高判平28.7.
 26)、そして同一業務にも関わらず定年再雇用後の賃下げを行ったのは違法として、20条違反のみならず、正社員の就業
 規則を適用し、これに基づく賃金請求を認めた長澤運輸事件(東京地判平28.5.13)、この3件の裁判例の出現及び現在継
 続している複数の訴訟、そして今後控えている最高裁判決などの行方によっては、今後の実務が変わる可能性がある(既に
 変わりつつある)ところである。
  なお、長澤運輸事件については、損害賠償ではなく、賃金請求を認めているという点に特徴があるが、裁判所も労契法20
 条に直律効はないという前提であるからこそ、正社員就業規則の解釈適用問題に落とし込んで、正社員の給与を支払えとした
 ものと解され、この点は東京高裁で大きく争われることになろう。

3 20条裁判の位置付け・評価
  本稿は上記事件の実務解釈をすることを目的としていないので割愛するが、これらの裁判例の出現から導かれるのは、日本
 型雇用の「終わりの始まり」である。
  日本型雇用の3大特徴(終身雇用、年功序列、企業内労組)を背景に、正規社員はメンバーシップにおけるメンバーであ
 り、非正規雇用はメンバーではないため待遇差があって当然という、これまで通用していた考え方が通用しなくなっている
 のである。
  方向性という意味では、今回の判決は、「正社員」という身分(メンバーシップ)の有無ではなく、従事する業務、
 責任、企業での位置付けから待遇を決すべきという職務給的な考え方に基づくものであると捉えられる。そうだとすれば、
 これは旧来型の日本型正社員像ではなく、いわゆるジョブ型正社員と親和性のある議論であり、筆者としては、今後の企業
 慣行が変わっていく可能性を示唆するものであると捉えている。
  つまり、転職市場の活性化、雇用流動化(労働調査会、『なぜ景気が回復しても給料が上がらないのか』参照)という方向
 性に向けた第一歩という意味では、日本型雇用の転換点として位置付けられるものなのである。

4 問われているものは何か
  20条裁判により、正規・非正規の賃金体系は異なる、という大原則が時代の変化と共に崩れつつある中で、企業として
 は、これまであまり向き合ってこなかった問題に対応する必要が生じている。つまり、将来の雇用慣行が変化する可能性が
 あるということである(もちろん、その大筋を決定するのは政府の雇用政策であり、これを踏まえた各企業の合理的判断の
 集積により形成される企業慣行である)。
  一つ言えることは、この均衡処遇問題を通じて問われていることは、非正規社員の存 在意義、言い換えれば、自社にお
 ける「正社員」とは何なのか、という点にある。
  「なぜ、日本の正社員は非正規社員よりも給料が高いのでしょうか?」
  均衡処遇の裁判例から、日本型雇用の変遷が読み取れる、ということを改めて強調して、本稿の締めとしたい。